今夏のパリ五輪は7月26日開幕する。前回2021年東京大会で金メダル27、銀、銅を加えた58のメダル数も歴代最多を記録した日本選手団。中でも柔道は金メダル9、メダル総数12と大きく貢献した。地元開催「お家芸」の底力を見せた形だったが、今夏のパリ大会では同様の結果を望むのは、かなり難しい状況だ。
 
全14階級の個人戦代表で最後となる男子100㌔級のウルフ・アロン(パーク24)が内定した2月。全日本柔道連盟の金野潤強化委員長は、メダルの目標を問われて、「(代表選手が勢ぞろいしたが)良くも悪くも誤算があった。何個ということではなく、選手が納得できる戦いをバックアップしていく。最後は胸を張って試合場から降りて欲しい」と答えるにとどめた。
 
メンバーをみると、東京大会で初の兄妹同日優勝を果たした男子66㌔級の阿部一二三、女子52㌔級の詩(ともにパーク24)を筆頭に連覇を狙う選手が5人、さらに1984年ロサンゼルス、88年ソウルの両五輪男子95㌔超級(当時)で連続優勝した斉藤仁さんの次男・立は男子100㌔超級で親子金メダルを狙っている。話題性は十分だが、現実はそう甘くないということだろう。
 
現場の指導者たちからは、「世代交代が進んでいない。国際大会のポイントを重視する現在の代表選考方法では、勢いのある若手がいても大会出場機会が少なく選びようがない」「余りに早くに内定を出し過ぎていて、ギリギリまで代表争いをしている外国勢とは選手の実戦感覚が違い過ぎる」「今度は日本と並ぶ柔道大国を自負するフランスでの五輪開催。東京大会とは逆の立場」と厳しい声が続く。
 
1964年の東京大会で五輪に初登場した柔道は、過去13大会(68年メキシコ大会は実施されず、80年モスクワ大会は日本が不参加)で48個の金メダルを手にしている(他に88年ソウル大会女子公開競技で1)。中でも前回東京大会は過去最多の9階級で優勝した。しかし、そこには二つの大きな理由があった。

一つはルール改正。試合の決着が「技でのポイントか、指導3による反則負け」のみに変更され、軽微な反則で勝負が決まることがなくなり、技を持つ日本勢が有利になった。これは今夏も変わらないため、日本勢には引き続きプラス要因と考えてよい。

問題はもう一つの方だ。コロナ禍により、外国勢の準備状況が大きく遅れていたことだ。通常ならば世界中に広がった新型コロナウイルスから受ける影響は同じに見える。だが、柔道では日本勢と外国勢では天と地の差があった。

2019年に発生したウイルスの蔓延により、国家間の移動が制限されたため、スポーツイベントは軒並み中止。柔道も国際大会がなくなり、各選手はそれぞれの国内で調整をけることになった。

競技の発祥国である日本は外国勢との稽古は出来なくても、国内に代表クラスの選手も、練習相手を務めるレベルも大勢いる。万全ではないにしても、量、質的に納得のいく稽古は積めた。

しかし、国際レベルの選手層に限りがある外国勢は、各国代表が国際大会に参加し、その前後に国際合宿を組むことでそれぞれの国・地域が互いの練習相手となって実力を高めてきた。個人の記録競技と違い、組み合うことでしか実戦に近い練習ができない格技、しかも日本のみが練習相手の豊富な柔道では、その差は歴然だった。
 
さらに、体重別の競技は試合直前のコンディションがそのまま勝敗に直結する。開催国の日本勢は選手村に入らず、味の素ナショナルトレーニングセンターで専用の練習相手、トレーナー等を付けて自由に調整を続けた。しかし、外国勢は練習相手さえも入国は許されず、稽古は毎日、都内で1カ国1時間程度。選手村からの外出も許されずに、フラストレーションが溜まる状態だった。
 
東京大会の競技初日を見た時にそれを実感した。女子48㌔級で世界王者だったダリア・ビロディド(ウクライナ)が苦しんでいた。身長172㌢の彼女は元々、減量が苦しかったが、体調を整えれば、長い手足を使った攻めは圧巻だった。ところが、明らかに動きに切れがない。力強さ、スタミナも足りず、銅メダルに終わった。ちなみに彼女は現在、2階級あげた57㌔級でパリ五輪に挑んでいる。
 
東京大会での日本勢は、厳しいコロナ禍で出来る限りの準備をして過去最高の成績を出した。その努力と熱意には敬意を払いたい。しかし、パンデミックも治まりつつある今回の外国勢は、前回とは違う状態できちんと準備をして五輪の舞台に出てくる。
 
最近の海外五輪での柔道の金は12年ロンドン大会が1つ、16年リオデジャネイロ大会は3津だった。現在、間違いなく優勝候補筆頭と見られるのは阿部兄妹と女子48㌔級の角田夏実(SBC湘南美容クリニック)だけだ。この3階級が確実に取れるのか。ここからいくつ上積みできるのか。男女混合団体を含めて、パリ大会は日本柔道の現在地が問われる五輪になる。(竹園隆浩/スポーツライター)

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