女子1500mに出場する田中希実(24、New Balance)が、自己記録が3分台の豪州2選手とともに五輪標準記録(4分02秒50)突破に挑戦する。
ゴールデングランプリ(以下GGP)はワールドアスレティックスコンチネンタルツアーの中でも、14大会のみに与えられた「ゴールド」ランクの競技会。今年は東京五輪会場だった国立競技場で5月19日に開催される。
田中は5000mで昨年の世界陸上ブダペスト大会で8位に入賞しているため、今季の参加標準記録(14分52秒00)突破でパリ五輪代表に内定する。GGPで出場する1500mは標準記録突破と、6月末の日本選手権の優勝で内定する。Road to Paris 2024(標準記録突破者と世界ランキング上位者を1国3人でカウントした世界陸連作成のリスト)で最終的に参加選手数枠内に入り(7月7日に確定)、日本選手権3位以内などの条件をクリアすることでも代表が決まる。
田中はGGPで参加標準記録を突破すれば、パリ五輪代表入りに大きく前進することになる。
「ドーハの悲劇」(田中コーチ)
父親でもある田中健智コーチが5月14日、練習中の写真に「ドーハの悲劇からドーハの歓喜へ…の第一歩」と、サッカー日本代表の歴史的な出来事になぞらえたコメントを添えてSNSに投稿した。
田中希実の“ドーハの悲劇”は、5月10日のダイヤモンドリーグ(以下DL)・ドーハ大会を指す。5000mに出場して15分11秒21で11位。昨年14分29秒18と世界リスト12位のタイムをマークしている田中にとって、不本意な結果だった。前述のようにパリ五輪参加標準記録(14分52秒00)を破れば代表に内定した大会である。レース2日前の練習では2000mを日本記録に近いペースで走ったというから、その可能性は十分あった。
しかし1500mに出場した4月27日のペンリレー(米国フィラデルフィア)から、好調とは言えなかった。寒さを苦手とする田中にとって悪条件だったことや、ペースメーカーが機能しなかったことなどもあって、4分08秒32と4月の国内レースより少しタイムを落とした。さらにフィラデルフィアで行った一連の練習が、「できないと感じたメニューをできるメニューに変更したりして、本人がドーハにつながる練習になった確信を持てなかった」と田中コーチ。
DLドーハは田中を除く全員がアフリカ選手で、田中は集団の最後方を走っていた。2000m通過は5分50秒48。14分30秒台を狙えるハイペースだったが、「位置取りに本人の不安が現れていました」と田中コーチは見ている。「メンタル面が走りに現れてしまう」ため、2日前の練習のタイムが良くても、ドーハの5000mは自信をもって走ることができなかった。2000m以降は集団から引き離され、3000m以降で大きくペースダウンした。
普通の調子の田中であれば、多少のマイナスがあっても14分52秒00は突破できたはずだ。日本選手権の結果で代表入り自体は有力である。焦りはないが、あまりにも不甲斐ないレースだったことを、自分たちを戒める意味で“悲劇”としたのだろう。
調子の波が生じるのは想定内
田中の場合、良い状態(あるいは悪い状態)が長期的に持続することはあまりない。中期的、場合によっては短期的に波が生じてきた。1500mで日本人初の3分台をマークし、8位に入賞した21年東京五輪のときも、1カ月前までは状態が上がらなかった。それが2週間前から上がり始め、地元五輪で気持ち的にも高揚し、日本の女子中距離にとって歴史的な偉業を達成した。
22年はシーズンのピークが低かったが、昨年も7月まではほどほどで、8月の世界陸上ブダペスト1500mで4分4秒台に調子が上がり、5000m予選の日本新と決勝の8位入賞と一気に上がった。
「今年はさらに短いスパンで繰り返しているような状態です」
冬期は1月のケニア合宿も、2月にNew Balanceボストンチームと行った米国でのトレーニングも、フィラデルフィアの練習と違って次につながる内容ができた。3月の世界室内3000mで8分36秒03室内日本新を出して8位に入賞し、記録も順位も評価できる結果を残した。田中自身は室内のショートトラックが小柄な選手に有利だった結果と考えて、屋外に直結しないと考えているようだが、冬期はトレーニングもレースもしっかり行えている。
フィラデルフィアの練習も、個々のメニューの質が低かったわけではない。田中が「妥協」(田中コーチ)して変更せざるを得ない日が数日あり、「ドーハのレースにつながらない」と自身で決めつけてしまった部分もあった。
だがドーハの失敗で田中自身が、練習をレースへつなげるプロセスの重要性を再確認できた。それがドーハに出場したことのプラス材料だった。
自身初の日本新と、東京五輪の舞台だった国立競技場
今年のGGPは国立競技場開催。田中にとっては自身初の日本記録(1500m4分05秒27)を出したのが、20年8月の国立競技場開催のGGPだった。そして歴史的な快走を見せた21年東京五輪。国立競技場が田中のモチベーションを上げる1つのピースになるのは間違いなさそうだ。
4月のDL厦門大会で3分台をマークしたジョージア・グリフィス(27、豪州)とサラ・ビリングス(26、豪州)の2人が参戦する。田中を含めて3人が3分59秒台の自己記録である。豪州勢2人はパリ五輪標準記録を破っているので勝負優先の走りをするかもしれないが、勢いに乗って自己記録更新を狙ってくる可能性もある。
「豪州の2人がどちらのレースをしてくるか。勝負にこだわってくるかもしれませんが、それも含めて世界のレースなので、その中でどんな走りができるか。田中らしい走りをやってほしいですね」と田中コーチ。
ドーハから帰国し、中1日で行った5月14日の練習が、「今までで一番の練習だった」という。そして冒頭の、田中コーチのSNS投稿となった。
「ドーハの歓喜へ…の第一歩」。ドーハの失敗から得た教訓を、次に生かす準備が田中にできてきた、という意味だろう。
田中自身も「力は付いている」と何度も口にしている。
「それを引き出せるかどうかは、本人のGGP当日に向けての気持ちの部分も大きい」(同コーチ)。レースにつなげる最終ピースが埋まったわけではないが、国立競技場開催のGGPで田中の走りが一気に良くなる可能性は大いにある。
(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)
※写真は前回大会のゴールデングランプリ
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