威力のあるストレートと落差のあるフォークボールで三振を奪うその姿。ニューヨーク・メッツの千賀滉大になぞらえ、『千賀2世』とも表される。三菱重工Westの鷲尾昂哉投手(23)。プロ注目の最速150キロ右腕は、今年ドラフト解禁年の入社2年目を迎えた。(取材・文 MBSアナウンサー 金山泉)
関西大学時代からドラフト候補に挙げられていたが、大学4年時はプロ志望届を出さなかった。鷲尾は、「関大の早瀬前監督が『プロに行っても10年活躍しないと意味がない』と。まだその実力はないと思ったので、社会人で2年しっかりやって挑戦しようと思いました。」と話す。
昨シーズンは、1年目ながら都市対抗と日本選手権にリリーフ登板。12月には社会人選抜メンバーとして台湾ウィンターリーグに参加し、売り出し中の阪神・野口恭右外野手から三振を奪うなど、手応えもつかみ帰国した。
肉体改造と新たな球種取得
更なる高みを目指すため、このオフは2つの新たなことに取り組んできた。1つ目はウェイトトレーニングだ。これまではダッシュなどの瞬発系トレーニングが中心だったが、1年間戦える体づくりをするため、肉体改造に着手した。
2つ目は新たな球種の習得だ。「去年は、ストレートとフォークボールが投球の95パーセントを占めていた。自信を持って勝負できる変化球を増やしたい。」と、スライダーやスプリットなどの練習に日々励んでいる。
プロ野球選手に憧れていた2人の兄の思いも背負っている。3兄弟の末っ子として生まれ、長兄・拓哉さん(28)、次兄・侑哉さん(26)の影響で、小学1年生で野球を始めた。兄2人も投手で、ともに平城高校(奈良)で140キロ超の直球を投げる本格派右腕として知られていた。
プロ野球選手に憧れた2人の兄の思い背負う
鷲尾自身は登美ヶ丘高(奈良)に進学。関大でプレーを続け、150キロ投手として活躍していた侑哉さんの背中を追って関大に入学。侑哉さんはプロを目指していたが、右肩を痛めてしまい、拓哉さんが進んでいた消防士の道を選んだ。
「僕が大学2年の時、就職した侑哉がグローブを買ってくれたんです。そのグローブを去年もずっと使っていました。いつも『頑張れ』と応援してくれる。兄2人がいなければ、今の僕はいないです。」と、その存在の大きさを語る。
2024年シーズンの目標を「都市対抗、日本選手権で先発して勝利を挙げたい。チームの信頼を得られるような投手になって、その上の世界を目指したい。」と話す鷲尾。兄2人の夢を、昂哉が叶える。
「BROTHER」への思いが、プロ入りに向けた原動力
◇鷲尾昂哉(わしお・こうや)
2000年5月21日生 奈良県出身 185㎝80㎏ 右投左打
登美ヶ丘高(奈良)~関西大~三菱重工West
趣味はゴルフ、YouTubeを観ること。好きなアイスはジャンボモナカ。
【野球サイコー!取材後記】
「道は違ってもひとりきりじゃないんだ」。「BROTHER」への思いが、プロ入りに向けた原動力になる。
※「道は違ってもひとりきりじゃないんだ」「BROTHER」…B’z「Brotherhood」の歌詞。
◇取材・文 金山泉(かなやまいずみ)
MBSアナウンサー。1982年6月5日生、新潟県上越市出身。
野球とB’zをこよなく愛する。
投手として首都大学リーグ2部で通算11勝(8敗)をマークした。
鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。