今年7月15日、女子800mの日本記録を19年ぶりに更新した久保凛(16、東大阪大敬愛高校)。自身が生まれる前につくられた2分00秒45(杉森美保)の記録を破り、日本人女子初の1分台、1分59秒93での日本新だった。
今、日本陸上界で最も勢いがある高校生をシドニーオリンピック™の女子マラソン金メダリストの高橋尚子氏が取材。来年東京で行われる世界陸上、4年後のロサンゼルス五輪を目指す久保は、1時間を超える陸上談義で、高橋氏に海外で戦う心得を聞いた。

ペルーでは予選後に「お腹を壊してしまった」

8月にペルーで行われたU20世界陸上は、久保にとって初めての海外でのレースとなった。予選、準決勝をトップで通過し、決勝に進出。最年少ながら世界の舞台で堂々の6位入賞を果たした久保だったが、海外ならではのハプニングに見舞われた。

高橋:U20の世界陸上を経験して得たことってどんなことでした?

久保:海外の選手と初めて走る機会になったんですけど、自分よりも速い選手と走ることができたのはすごく良い機会になりましたし、生活の部分でも言語も違ったり大変な部分はあったんですけど、たくさん良い経験ができたかなと思います。

高橋:パワーとスタミナとか持久力っていったところが800mでは両方とも求められると思うんですよね。自分はどっち派で、どう強化していきたいですか?

久保:スピードは前半からリズム良く出すことができるんですけど、2周目で落ちてしまう部分があるので。海外の選手は1周目からスピードに乗っていって、2周目に落ちる幅が少なかったり・・・自分はそこで大きく離されてしまったので、持久力をもっとつけて、1周目をもう少し早く入って、リラックスしていけるようにしたいなと思っています。

高橋:生活の方でも学ぶことが多かったっていうのはどんなことですか?

久保:(シャワーの)水で自分は予選の後にお腹を壊してしまったので、大変でした。

高橋:日本と同じように、当たり前に水が飲めて、口がゆすげてという風にしていると海外では食べ物とか口にするものは大切だよね。私も初めて海外を経験した時は、生野菜は食べてはいけないとか、果物も切ってあるものは食べていけないとか、そういうのも含めて、すごくシビアに選択していたけど、そういうのも必要になってくるかもしれないね。また、自分と同じ舞台、思いでここまで練習してきた選手とはレース後に話したいよね?

久保:そうですね。「お疲れ様」とかそういう和やかに話せる機会がレース後だと思うので、その部分で話せないのは、英語を頑張らないとって思いました。

高橋:英語は頑張っておいたほうがいいよ。私は英語を話せないけど、未だに当時一緒に戦ってきた、ケニアの選手とかルーマニアの選手と連絡を取り合ったり、家に遊びに行ったりとかしてるの。そういう繋がりをこれから世界中で持てるから、戦うだけじゃなくて、友達になるのもいいと思うので、どんどん視野を広げていってください。

久保:ありがとうございます。

「ハプニングを楽しむような気持ちでいける対応力が大切」

高橋は1998年にタイで行われたバンコクアジア大会で当時のアジア最高記録2時間21分47秒をマークし優勝。気温30度を超える高温多湿の環境でのレースの裏にあったエピソードとは。

高橋さんと久保選手

久保:これからも海外に行く機会があるんですけど、大切にした方がいい、気をつけた方がいい部分ってありますか?

高橋:もちろん、食べ物に気をつける。試合や練習で給水ボトルをその辺に置かないこと。何を入れられるかわからないから、自分が目に見えるところに置いておくとか、信頼した人に預けるとかもすごく大切。私が出た試合で、バスの運転手さんが道を間違えてアップをする時間がなく試合の15分前に着いたことがあって。「アップしてないから試合ができません」ということが言えないからアップしなくても力を出せるかとか。

1998年のタイでのアジア大会では、42kmを30度以上の暑さで走るのに朝食が届かなかったんですね。でも日の丸を背負っている以上「食べてないから走れません」って言えないから。でも、そのときに気持ちを揺らさないこと。「本当に強い選手になりたい」と思っていたから、ハプニングがあったときに対応できるのが本当の強さだと。それを証明できるときだって、ハプニングを楽しむような気持ちでいける対応力が大切だと思います。

高校のときに「疾風に勁草を知る」っていう言葉を、先生からもらったんです。強い風が吹いたときほど強い木かわかる。大きな大木は強そうに見えても、強い風が吹いて枝が折れたり倒れてしまうけど、竹や笹のように臨機応変にしなれる選手になりなさいと。それが一番強い選手だと。800mのレースでも、思いもよらない展開になったときも、臨機応変に対応できるのかもそうだし、アップをする時間やご飯を食べる時間がなくなったとか、思いもよらないことが世界大会ではすごく多い。そういうときにこの言葉を思い出してもらって、本当に強い選手になろうっていう気持ちで対応できるようになれば、多分どんなところでもこなせると思います。

久保:ありがとうございます!

海外でのレース経験を積むには、遠征費用などの課題を抱えているというが、金メダリストの話を聞きながら、キラキラと目を輝かせた久保。学ぶ事に誰よりも貪欲で吸収できるものは、全て自分のプラスに変える。高橋の言葉を心に留め、久保は世界に挑戦していくつもりだ。

久保:高橋さんも世界で活躍されていた方で、こういう今日の経験は自分の中で必要な経験をさせてもらったと思いますし、これから世界で戦っていく中で気をつけた方がいい事を教えていただいたので、教えていただいた事を活かして、活躍する選手になっていきたいと思います。

■久保凛
2008年1月20日生まれ、和歌山・串本町出身。潮岬中~東大阪大学敬愛高。小学6年生までは、サッカークラブに所属し、中学から本格的に陸上競技を開始。3年時に全日本中学陸上女子800mで優勝。23年8月インターハイで1年生ながら優勝。24年日本選手権女子800m決勝でも2分3秒13で初優勝。7月15日の関西学連・長距離記録会で1分59秒93の日本新記録をマーク。19年ぶりの記録更新し、日本女子初の2分切りを果たす。7月末のインターハイでは2分00秒81の大会記録で連覇を達成。8月のU20世界陸上でも2分03秒31で6位入賞。10月の国民スポーツ大会は少年女子A800mで2分02秒09の大会新記録で優勝。

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