名門・旭化成が3年ぶりに九州の覇権を奪回した。第61回九州実業団駅伝が11月3日、大分県の佐伯中央病院陸上競技場を発着点に、佐伯市内を周回する7区間89.3kmのコースで行われた。
1区はひらまつ病院、2区は旭化成、3~4区は三菱重工とトップが交代したが、5区の途中からは旭化成と黒崎播磨のマッチレースに。5区終了時も、6区終了時も旭化成がわずか1秒先行するデッドヒートで、最後も旭化成アンカーの相澤晃(27)が、ラスト100mの勝負を1秒差で制して3年ぶり48回目の優勝を果たした。
旭化成の優勝タイムは4時間21分16秒で、黒崎播磨が1秒差の2位。9位の戸上電機製作所までが元旦に群馬県で開催されるニューイヤー駅伝出場権を得た。
勝負を決めたマラソン移行中の相澤と、トップに立った“叩き上げ”2選手
最後は10000m前日本記録(27分18秒75)保持者のスピードが勝った。一度は後ろに下がった旭化成の相澤が、黒崎播磨の福谷颯太(24)をトラック勝負で逆転した。
「少し差が開いたところもあったのでひやりとしましたが、最後の直線で追い上げて、残り50mで逆転してくれました」と旭化成の西村功監督。「相澤はこの冬にマラソンに出場予定で、夏場から基礎体力重視の練習をしてきています。その関係で走りにいつものキレがありませんでしたけど」
しかしアンカーの、“順位を取る”役割は確実に果たした。10000mのスピードや駅伝の実績を考えれば、世界陸上標準記録(2時間06分30秒)突破や、初マラソン日本最高(2時間06分18秒)更新も期待できる。
レース展開面での旭化成の勝因は、優勝争いから一度も後れを取らなかったこと。1区の大六野秀畝(31)はトップのひらまつ病院から7秒差の区間3位。2区の茂木圭次郞(29)が区間賞と2秒差の区間2位と好走し、トップに立った。3~4区は三菱重工がトップに立ったが、旭化成は中継時で13~15秒差の3位を保ち、黒崎播磨とは12~9秒差と差を少しずつ詰めていた。
レースが動いたのは5区だった。旭化成の齋藤椋(26)が区間賞の快走でトップに立った。3km過ぎに並走していた黒崎播磨・土井大輔(27)と三菱重工・守屋和希(22)に追いつき、間もなく守屋が後れ、6区への中継では齋藤が土井に1秒先着した。
トップに立った2人はともに高卒入社の選手。茂木は11年目、齋藤も8年目の叩き上げ選手で、箱根駅伝で脚光を浴びた選手たちとは異なる成長過程で、旭化成の駅伝メンバーに食い込んでいる。
「茂木は元から(10000m27分44秒17と)スピードがあります。年に何度も故障をしてマラソンまでたどり着きませんでしたが、今は長期離脱することがなくなって、マラソンを視野に入れた練習ができています。齋藤は他の選手と一緒に走る練習ができない独特の選手でした。それでもコツコツと続けて、練習のレベルが上がって5月に5000m(13分33秒99)、10000m(28分06秒46)とも自己新を出しました。駅伝が近づいて一緒に走るメニューもやり始めて、今回の区間賞につなげてくれました」
その後は接戦が最後まで続いたが、その一因に風の強さがあった。周回コースの後半、北上する部分が強い向かい風で思い切ったスパートができなかったようだ。それでも最後は、相澤がしっかりと勝ちきり3年ぶりの九州制覇を達成した。
前回のニューイヤー駅伝では主要区間の2、3、5区は大六野、相澤、パリ五輪10000m代表の葛西潤(24)が走ったが、九州大会の走りで齋藤もその候補となった。かつて主要区間で区間賞を取った市田孝(32)も、今季は5月の日本選手権10000m9位など高いレベルで安定している。
17~20年までニューイヤー駅伝4連勝を支えた大六野や市田孝が健在で、葛西、相澤の東京&パリ五輪代表や、茂木、齋藤、前回1区の長嶋幸宝(20)ら高卒選手が加われば、“強い旭化成”の形が再構築できる。
2位の黒崎播磨は“適材適所の駅伝”で、ニューイヤー駅伝3位以内に手応え
1秒差で3連覇を逃したとはいえ、黒崎播磨の“適材適所の駅伝”は強さを感じさせた。
今大会の距離はニューイヤー駅伝の100kmより11km短い。だが2区が最長区間でエースが登場し、3区がスピードのあるエース級が走り、5区が後半の流れを決める重要区間、という区間編成は似せている。今大会の黒崎播磨は2区・田村友佑(25)、3区・細谷恭平(29)、5区・土井大輔(27)で、田村が区間3位で2位に上がると、細谷も区間2位で2位をキープ。土井も区間2位だったが、トップの旭化成と1秒差でマッチレースに持ち込んだ。
「田村は9月のベルリン(2時間07分38秒=19位)、細谷は10月のシカゴ(2時間07分20秒=6位)を走ったばかりでした。土井を2区に起用することも考えましたが、土井も12月のマラソンに向けて練習していて、少し動きが悪かったので5区に起用しました」と澁谷明憲監督。
ニューイヤー駅伝も21~23年は、この3人が主要3区間を走ってきた。24年は新人の福谷颯太(24)が成長し、5区を任せることができた。外国人選手のシトニック・キプロノ(22)も強く、黒崎播磨はインターナショナル区間の4区で3位に浮上。5区の福谷、6区の田村友伸(23)が1つずつ順位を下げたが、7区の土井が1人を抜き過去最高順位の4位でフィニッシュした。
「今回、九州の連勝は止まりましたが、三菱重工が前に行っても、旭化成に中継で先着されても、ずっと近い位置でレースをしました」(澁谷監督)
1秒差は福谷と相澤の「能力の違い」だと言わざるを得なかった。箱根駅伝2区の区間記録を更新した相澤に対し、福谷は箱根駅伝には関東学生連合チームで一度だけ出場(5区で区間10位相当)しただけの選手である。
「負け方としては“良い負け方”だったと思います」
ニューイヤー駅伝の目標は「(過去最高の)3位以内」だと澁谷監督。トヨタ自動車、旭化成、Hondaが3強に挙げられそうだが、その一角を崩す気概を九州大会で強くした。
区間賞を2個ずつ獲得した三菱重工と安川電機
九州大会の区間賞は
1区・荻久保寛也(26、ひらまつ病院)
2区・鈴木創士(23、安川電機)
3区・吉岡遼人(26、三菱重工)
4区・キプラガット・エマヌエル(22、三菱重工)
5区・齋藤椋(26、旭化成)
6区・佐藤俊輔(24、安川電機)
7区・相澤晃(27、旭化成)、福谷颯太(24、黒崎播磨)
と5チームに分散した。優勝した旭化成以外では、安川電機と三菱重工が2人ずつ輩出した。しかし安川電機は3位と、10年ぶりにベストスリーに入ったのに対し、三菱重工は6位に終わった。
三菱重工は1区に井上大仁(31)、2区に山下一貴(27)と、マラソンで2時間5~6分台の記録を持つエース2人を投入。2区終了時で5位だったが、トップの旭化成から17秒差にとどめた。2区の山下は先頭集団をかなり引っ張る積極的な走りをしていた。
そして3区の吉岡が区間賞の快走で、黒崎播磨・細谷に1秒差でトップに浮上。4区のエマヌエルも連続区間賞で2位との差を6秒とした。
「吉岡は入社1年目の失敗(ニューイヤー駅伝6区区間14位)が尾を引いていましたが、練習の中で積極性が出てきて、チームを引っ張って行く自覚も現れ始めました。今回の結果は収穫です」と黒木純総監督。
だが5区の新人・守屋和希(22)が区間12位で、チームは5位に後退してしまった。
「守屋は関学大出身で(高いレベルの)駅伝経験が少なく、前に行かれたときに焦ってしまったのでしょう。練習では強いし、継続してできる選手なので、どこかできっかけをつかめば中心選手になれる」
今大会には出場しなかったが、林田洋翔(23)はニューイヤー駅伝3区で区間3位が2回ある。定方俊樹(32)も10月のシカゴ・マラソンで2時間08分22秒(8位)と、トップレベルを維持している。ニューイヤー駅伝は前回の5位以上も狙える戦力だ。
安川電機2区の鈴木は5人の先頭集団の中では4位に終わったが、1区でトップから24秒後れていたところから先頭まで追い上げた。そこで頑張った結果の区間賞だった。
「2月の全日本実業団ハーフマラソンで1時間00分49秒と、古賀(淳紫、28。今大会は5区区間4位)と並ぶチーム記録を出しました。5000mでも自己記録を更新しましたが、長い区間に自信を持って置ける選手に成長してくれた。夏も良い練習ができたので、九州大会は区間賞を期待して2区に送り出しました」と、就任2年目の中本健太郎監督(12年ロンドン五輪マラソン6位)。
5区の佐藤は、区間2位の旭化成・村山と黒崎播磨・田村友伸の2人とは3秒差だった。だが2人がトップを争っていたのに対し、佐藤は終始完全な単独走で差を縮めた。「1人で走った状況でよく区間賞を取ってくれました。チームにとって収穫でした」(中本監督)
九州大会は10年ぶりの3位だったが、ニューイヤー駅伝は9年ぶりの「8位以内」が目標だ。その頃駅伝でも活躍していたのが中本監督で、安川電機は12年ロンドン五輪の中本健監督、16年リオ五輪の北島寿典とマラソンで連続代表を輩出した。
来月のマラソンに出場する古賀は来年の世界陸上代表を狙っている。「世界への挑戦」を自身のテーマとしている鈴木たちも、今回の区間賞をステップとするだろう。
(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)
※写真は旭化成・相澤選手(ニューイヤー駅伝)
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