12月24日、日本製鉄によるUSスチール買収は、審査をしていた米当局がバイデン大統領に決定を委ねた。都内の日本製鉄本社前で4月撮影(2024年 ロイター/Issei Kato)
日本製鉄によるUSスチール買収は、審査をしていた米当局がバイデン大統領に決定を委ねた。経済的合理性を主に訴える日鉄に対し、かねてから反対を表明しているバイデン政権は国家安全保障への懸念を示し続けており、2兆円の大型買収は議論がかみ合わないまま最終局面を迎えた。
NFLのスタジアムで
USスチールの買収が動き出した昨年12月末以降、同社工場がある東部ペンシルベニア州ウェストミフリンのクリス・ケリー町長は日鉄の森高弘副会長と3回面会した。最初はウエストバージニア州にある日鉄の工場、2回目は米プロフットボールNFLのピッツバーグ・スティーラーズのスタジアム、3回目は自身の自宅だった。
ピッツバーグ都市圏にあるウェストミフリンの人口はおよそ2万人。潜水艦の原子炉に使う鉄鋼などを加工するUSスチールの工場が町の雇用を支えてきた。買収が成立しなかった場合、業績不振のUSスチールがリストラに動く可能性があった。
ビジネスや互いの私生活について話したと、今年12月にロイターのインタビューに応じたケリー町長は語った。「彼ら(日鉄)はピッツバーグという街のすべてを受け入れている。米国本社を(テキサス州から)ここに移転すること、取締役の大半をアメリカ人にすることも保証している」とし、「この取引について否定的なことは何もない」と話した。
森副会長は何度も訪米し、買収への支持を取り付けようと連邦議会の議員や地元関係者、USスチール従業員など100人以上と面会した。ケリー町長もその1人だった。「間違いなくクローズまで持っていく」──森副会長はこの1年間、ロイターとのインタビューや記者会見の場でたびたび自信を示してきた。
大統領選が終われば
買収計画を巡っては、昨年12月の発表後すぐに全米鉄鋼労働組合(USW)が反対を表明した。上院銀行委員会のブラウン委員長(民主党)は、国家安全保障上のリスクを評価するため対米外国投資委員会(CFIUS)による審査を要求した。
さらに大統領選の共和党候補の指名争いをしていたトランプ氏が「私なら即座に阻止する」と述べると、バイデン大統領も3月、「米国内で所有・運営される企業であり続けなければならない」と言明した。
これに対し日鉄は、買収しても人員削減や工場の閉鎖はしないこと、海外から米国に鉄を輸入せずにUSスチールの国内生産を優先すること、米国内に投資をして生産を近代化し、中国勢に対抗することなどを訴え続けた。
大統領選が終われば風向きが変わると日鉄は期待していた節がある。森副会長は5月上旬の決算会見で、「大統領選挙を越えると政治性がなくなり、落ち着いた議論ができる可能性がある」と述べていた。米国内の見方も、バイデン、トランプ両氏ともに鉄鋼労働者や労組に支持を訴えていることから「政治的要因が大きく働いている」(外交問題評議会のマシュー・グッドマン氏)というのが一般的だった。
「安全保障に直結」
しかし、大統領選後もUSW、バイデン政権の姿勢が変わることはなかった。
USWのデービッド・マッコール会長は選挙から1カ月後の12月9日にロイターのインタビューに応じ、「(日鉄との)話し合いでは事業が長期的に持続可能だという保証を得られるようなことは何もなかった」と語った。鉄鉱石から高品質の鉄を作る高炉に投資し続けることを明確にしないと、自動車や武器の生産に影響が出ると主張し、「国家安全保障と重要な供給網に直結する問題だ」と述べた。
ホワイトハウスの報道官は12月10日の会見で、バイデン大統領は買収に依然として反対の立場だと述べた。そして23日の審査期限が近づく中、CFIUSは日鉄とUSスチールへ書簡を送り、安全保障上の懸念について省庁間で合意に達していないと伝達した。
日鉄はCFIUSに対し、買収が阻止されれば法的措置を講じる可能性があるなどと返信したが、23日にCFIUSが出した結論は「大統領に委ねる」というものだった。米紙ワシントン・ポストによると、買収を認めれば米国内の鉄鋼生産が減少し、「国家安全保障上のリスクがある」とホワイトハウスに伝えたという。
CFIUSの結論を受け、日鉄は「買収のメリットが公正に評価されれば承認されると強く信じている」とコメント。「(バイデン)大統領が熟慮されることを強く要望する」と承認を求めた。
バイデン大統領は15日以内に買収の可否を判断する。
民主党のストラテジストで、USWの元政治部長チャック・ロシャ氏は今年3月、「外国に依存してはいけない基幹産業がある」と語っていた。USスチールの社名は『ABCスチール』でもなければ『ユア・ママズ・スチール』でもない。USスチールだ」。
(Tim Kelly、John Geddie、久保信博 編集:石田仁志)
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