あのトレハロースが農業に役立っていた Fotokostic-shutterstock

<ナガセヴィータ(旧・林原)が世界で初めて量産化に成功し、食品や医薬品、化粧品を中心に利用されている糖の一種、トレハロース。遠く離れた南米で、同社が知らぬうちに意外な使われ方をし、持続可能な農業に貢献していた>

15年前、アルゼンチンの企業から化粧品代理店を通じて「トレハロース」の大量注文が入った。

「ん? なんだろう」。当時、林原(現・ナガセヴィータ、本社・岡山県岡山市)のアメリカ駐在員だった東山隆信さんは、違和感を覚えたという――。

トレハロースは、素材メーカーである同社が1994年に世界で初めて大量生産に成功した自然由来の糖の一種。でんぷんの老化抑制やタンパク質の安定化など多様な機能を持つことから、食品や医薬品、化粧品を中心に国内外で広く使われている。

海外からの受注は当時も珍しくなかったが、東山さんには引っかかる点があり調べてみることにした。

「地球の裏側からの注文ですから、日本からの輸送費も含めるとけっこう大きな金額になりますし、化粧品に使うには量が多すぎる。いったいどんな使い道なのだろうと疑問に思いました。ブラジルにいるスタッフに調査してもらうと、どうやら農業用途だと分かったんです」

トレハロースが農業に? そのブラジルのスタッフが謎を解明するため現地の企業を訪れると、トレハロースが南米で盛んな大豆栽培に活用されていたのである。

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広大な畑、化学農薬・肥料...「このままではいけない」

アルゼンチンもブラジルも農業大国だが、南米の土壌はもともと痩せていて、日本なら自然に存在する根粒菌が存在しない。根粒菌には大豆の生育に欠かせない窒素を供給する役割があり、そのため南米では、当初は代わりに化学肥料が、後にバイオ肥料として根粒菌製剤が大豆栽培に利用され始めていた。

しかし、根粒菌製剤は長持ちせず保管時に課題がある。トレハロースには根粒菌の品質保持期間を延ばす効果があり、現地ですでに根粒菌に添付する試みがされていたのだ。

東山さんは「トレハロースの農業分野での活用に大きなポテンシャルを感じました」と当時を振り返る。一方で、現地での経験により持続可能な農業の必要性についても考えさせられたという。

「ブラジルを車で走っていると、ひたすら数時間、大豆農場の風景が続きます。そんな広大な畑に散布される化学農薬・肥料は膨大な量になり、コストやエネルギーも相当なもの。地球環境にとって『このままではいけない』と痛感し、自然に優しい農業のやり方へ変えていく必要性があると強く思いました。同時に、自然由来のトレハロースが問題解決に貢献できると考えました」

ナガセヴィータの藤崎研究所では、農作物を害虫から守る微生物(バイオ農薬の一種)をトレハロースで安定化、活性化させる研究が行われている Photo:遠藤 宏

トレハロースに植物の免疫力を高めるBS効果

いま、自然負荷を考慮し、農薬・肥料は「化学からバイオへ」の切り替えが世界的な流れとしてある。バイオ農薬・肥料はヨーロッパを中心に普及し始め、一部の国・地域では法整備も進んでいる。

そうした中、ナガセヴィータは自社素材の農業用途拡大へ向け、独自調査を始めた。2023年にはブラジル・サンパウロ州立大学と共同研究を実施。同社によれば、インゲン豆を対象にした実験で、植物の生育を促しストレスを緩和する「バイオスティミュラント(BS)」の効果がトレハロースに認められた。

BSは、植物本来の免疫力を高める新しい農業資材として注目が高まっている。干ばつや塩害などの気候変動(非生物的ストレスという)、害虫や病原菌(生物的ストレス)の対策として効果が期待されている。

また、トレハロースは根粒菌だけでなく「ほぼすべての微生物の細胞を守る」(東山さん)と、幅広いバイオ農薬・肥料の安定化剤として可能性を持つ。

同社は2024年春、農業分野の新しい研究部門「バイオアグリ・サイエンスユニット」を創設。東山さんがリーダーに就き、研究・開発にいっそうの力を注いでいる。

「将来的に活用がさらに広がっていくようにアプローチしていきたいです」と東山さんは力を込める。

ナガセヴィータで農業分野の研究を率いる東山隆信さん。トレハロースの可能性に大きな期待を寄せている Photo:遠藤 宏

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