岸田文雄首相(自民党総裁)が総裁選への不出馬を表明した。金融政策に影響が出ないかどうか、日銀も固唾をのんで総裁選レースの行方を見守る。日銀の植田和男総裁は岸田首相に任命され、政権の後押しを受けて異次元緩和からの転換を図ってきた。ポスト岸田の顔ぶれによっては、追加利上げの判断に影響する可能性もある。

「やっぱり出ないのか」「後継指名が誰になるかが重要だ」――。岸田氏の総裁選不出馬が伝わった14日の日銀内はざわついた。日銀は1998年施行の新日銀法で独立性が強まった。ただ実際は政権との関係性が金融政策に大きな影響を与えてきた。

2008年から日銀総裁を務めた白川方明氏はリーマン・ショック後の急激な円高に直面し、当時の民主党政権は日銀に緩和圧力をかけた。13年に就任した黒田東彦前総裁は安倍晋三政権と蜜月関係を築き、異次元の金融緩和策に打って出た。

そして異次元緩和の手じまいを進める難局で岸田首相が日銀総裁に任命したのが、植田氏だった。日銀は岸田政権の理解を得た上でマイナス金利を含む異次元緩和を解除し、7月には追加利上げにも踏み切った。

岸田政権は日銀が進める金融政策に大きな異論を唱えることはなかった。デフレ脱却を掲げて賃上げを促進する政権の経済政策と足並みがそろっていたことも、日銀の判断を後押ししてきた。

風向きを変えたのが円安だ。24年4月の金融政策決定会合後に対ドルで円安が進行し、岸田首相が植田総裁と官邸で面会する場面があった。面会後の植田総裁は「円安については日銀の政策運営上、十分注視をしていくことを確認した」と話し、従来より為替に対するトーンを強めていく。

利上げを決めた7月の決定会合前には岸田首相が経団連夏季フォーラムで「金融政策の正常化が経済ステージの移行を後押しする」と述べ、日銀の判断を後押ししたかたちとなった。日銀は利上げの理由の一つとして円安による物価上振れリスクを強調したが、政府関係者は「日銀とマクロ経済の認識はすり合わせている」と明かす。

岸田首相の不出馬が今後の金融政策にどう影響するか。「基本的には金融政策へのスタンスは踏襲するのではないか」との見方が大勢だ。ただ、後継候補に10名ほどの名前があがるなか、積極財政派が要職につけば「利上げしにくくなるかもしれない」(日銀関係者)との警戒感もにじむ。

そもそも「誰が自民党総裁になっても0.5%以上の利上げへの逆風は大きい」(日銀関係者)。日銀が次に利上げに動く場合は、06年からの前回の利上げ局面のピークである0.5%に並ぶ水準になり、住宅ローンの金利上昇による国民負担なども今以上に意識されるからだ。

7月の利上げ後には米国の景気後退懸念などが重なり日経平均株価が急落した。8月23日に国会の閉会中審査で日銀が説明を求められる事態となった。再び円安が進めば日銀への圧力が強まる可能性もあり、後継候補のスタンスによっては政治との距離感に変化が出るかもしれない。日銀にとって市場とも政治とも綱渡りの対話が当面続く。

(五艘志織)

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