ドル一強状態で円安が続く。その中で円高に流れる可能性はどれほどあるのか。

日本銀行が17年ぶりに政策金利を上げても円安は止まらない(撮影:梅谷秀司)1ドル=154円をつけ、円安が止まらない。このまま円安の基調が続いてしまうのか。イギリス・ロンドンに拠点をおく世界大手の金融機関HSBCでグローバル為替リサーチヘッドを務めるポール・マッケル氏に為替市場と今後の動きについて聞いた。

――現在の円安が続く状況をどうみていますか。

金融市場における経済見通しの変化がある。もともとは2023年末からアメリカ経済が後退局面に入ってインフレが収まり、FRB(アメリカ連邦準備制度理事会)が利下げを始めると予想されていた。

ところが、2024年になってからもアメリカ経済は堅調で、インフレは予想外に収まらずFRB幹部からは利下げに関して警戒する見方が増えてきた。その中で11月にはアメリカ大統領選を迎える。

市場ではアメリカ大統領選を前に財政が拡張気味になることを気にしながらも、FRBの利下げに消極的な発信を受けてドルが買われる局面が増えた。結果、日本円を含めた多くの通貨でドル高の状況につながっている。

円は20年間の低金利で価値が4割下落

日本銀行はマイナス金利を解除して17年ぶりに利上げした一方で、FRBは利下げを議論している。この点ではFRBが利上げし続けて、日銀が緩和を維持し続けた2021~2022年の円安と今は構図が違う。

2006年に日銀が利上げした際も、当時のFRBは利下げに入っていた。そこで何が起きたかと言えば、実は円安だった。つまり、金利がすべてを語るわけではないのも確かだ。ただ、当時から円の実質実効為替レートは40%も下落している。金利が低いままだったがゆえに、円の価値が下がった面はある。

――日銀が利上げしても円安が止まらなかったのはなぜでしょうか。

確かにFRBは今年3回の利下げが予想され、日銀は引き締めモードに入っている。ただ、それを市場は織り込み済みだった。

日銀のマイナス金利解除後も円安が続いているが、一気に加速するようなことはなく比較的膠着した状態が続いている。それは財務省の介入姿勢が日に日に高まっているからで、円安が進むのも市場参加者は警戒している。財務省は役割を果たしているといえる。

円安のメリットとデメリットをみよう。

まずコストは当然発生している。輸入費用が上昇している。一方で、輸出には恩恵だ。海外投資でも投資先の資産価値が自国通貨ベースでは上がる。

以上のバランスを考えれば、円安の状態が続けば当初貿易収支が悪化しても一定期間が経てば黒字に向かう「Jカーブ効果」がいずれ発現するだろう。すると貿易収支が大きく改善して、ようやく円安が落ち着く可能性が出てくる。

Jカーブ効果でも円安は改善しない

――Jカーブ効果は起きないという見方もあります。今回は効果の発現までにどれくらいかかるとみていますか。

すぐにはこない。2~4四半期(6~12カ月)はかかるだろう。またJカーブ効果が発現しても、それは一時的に通貨を安定化させる役割を果たすが、通貨安の解決策になるとはいえない。つまり、一方的な円安の歯止めにはなるが、構造的な円安そのものを改善させるものではない。

今年の為替を見通すカギはアメリカのインフレがどう推移するかにある。アメリカ経済が予想以上の強さをみせていることから、リスクはさらにドルが上がってしまうことだ。

そして多くの人たちからよく受ける質問が、アメリカの生産性が改善して高くなった結果、緩和的でも引き締め的でもない景気により影響が中立的な自然利子率がアメリカでは高くなってしまったのではないかということだ。仮に自然利子率が本当に高くなるような構造変化がアメリカで起きていれば、高い政策金利でもアメリカの成長が続く。

市場参加者がこのように考えて、アメリカ経済は強いと信じれば、さらに強いドルになる。またアメリカの国政選挙でねじれが生じなければ、予算案は通りやすくなり財政出動は続く。財政は拡張しながら金融政策は引き締めが続くので、為替市場としてはドルがさらに強くなる材料が揃い、ドル高リスクが続く。

――日本を含めてアメリカ以外の国も生産性を上げられないとドル一強が続くということですか。

その通りだ。これは1990年代と同じような状況だ。当時もアメリカの生産性が相対的に高まった一方でFRBは緩和的政策をとっていた。結果としてドル一強状態が持続した時期があった。同様の歴史を繰り返す可能性が今年も十分ある。

生産性向上は不確実要素

ただ、直近の生産性上昇はAIトランジションが本当に進むのかが不確実要素となっている。まだ活用が確約されたわけではないAIというテクノロジーの活用が本当に生産性の向上につながるのか。とはいえ、ほかの国も生産性を上げられなければドル高が是正されないことは十分ありえる。

――11月の大統領選挙の結果が為替に影響することはありますか。

前述したように政権と議会の双方が揃ってねじれさえしなければ、財政が緩和的で金融政策は引き締めというアクセルとブレーキを同時に踏んでいる状態となり、ドル高条件が揃う。ただ、トランプ政権になれば関税など貿易交渉で厳しいやりとりが予想される。この場合だけは貿易収支上はドル高が続く要素がなくなる。

ポール・マッケル/HSBCグローバル為替リサーチヘッド。カナダ出身。ロンドンスクール・オブ・エコノミクスとエジンバラ大学で学び、20年以上にわたり金融市場を分析。ロンドンの金融機関で為替市場の分析に従事し、2006年にHSBCに入社。現在はHSBCグローバル為替リサーチチームを率いている(写真:HSBC提供)

それでも基本シナリオはあくまでドル高で、さらなるリスクシナリオもドル高だ。円はしばらく円安を耐えしのがなければいけない状況が続く。

――ドル以外でも円は負ける状態が続きますか。

非常に難しい質問だ。たとえばイギリスポンドは同国が双子の赤字を抱え、政治状況も不安定で経済状況もよくないので投資家が資金を入れたい先ではない。新興国内ではより魅力のある通貨もあるだろうが、先進国内では日本円が有望通貨ともいえる。

比較的底打ち感が出ており、日銀も金融政策を転換し始めて、賃金が上がる環境も整い、インフレも高止まりする状況で、さらに介入警戒もある。円高に流れ込もうとする勢いはふつふつとある。ただ、その影響が出るのはあと数四半期先だ。

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