乗用車、トラック、バス等々……人の手で動かす限り、付いていないとクルマはまっすぐにすら走れない、超重要なポジションを受け持つ部品の一つ、それがハンドルだ。ところであの丸い物体をどうして“ハンドル”と呼ぶのだろうか?

文:中山修一
写真(特記以外):バスマガジン編集部
(ハンドル関係の写真付き記事はバスマガジンWebもしくはベストカーWebをご覧ください)

■最もメジャーな自動車部品

クルマの方向転換に欠かせないパーツの一つがハンドル(写真:中山修一)

 自動車に興味関心がない人でも、良く知っているクルマの部品を挙げるとすれば、クルマの向きを変えるハンドルが候補から外れることはまずなさそうだ。

 現在のハンドルと言えば円形をしているものが殆ど。サイズは普通乗用車用が外径35〜39cm。大型トラック・バス用は45〜50cmくらいと、普通乗用車よりも径の大きいものが取り付けられている。

 円形のハンドルが発明されたのは、今を遡ること130年前の1894年のこと。日本に初めて自動車が持ち込まれたのが、最近の説では1898年と言われおり、日本国内に自動車が1台も走っていなかった時代から、円いハンドルは既に存在していたことになる。

■毎度おなじみ和製英語です

 さてこの「ハンドル」、過去に何万回紹介されたか分からないほどテーマに持ち出されているのもあって、和製英語であるのは周知の通り。

 英語ではステアリングホイール(Steering wheel)、ドイツ語ではレンクラート(Lenkrad)、フランス語だとボラン(volant)のように表現する。あくまでカタカナ表記は便宜的なもので、そのまま発音しても通じないのはお約束。

大型路線車・日野ブルーリボンのハンドル周り

 しかし、日本での自動車用語のほとんどが英語ベースであるが、どうして原文に忠実ではない「ハンドル」という和製英語が生み出され、いつ頃から使われるようになったのだろうか…

 …これまで「ハンドルは何でハンドルって言うの?」などと疑問に思う機会なんて皆無もいいところだったが、気になるものは気になったので、わかる範囲で掘り下げてみよう。

■古い文献からハンドルを深読み

 自動車部品としての「ハンドル」のルーツを探るにあたって、国立国会図書館にある蔵書のうち、古い文献を年代別に調べていくのが手っ取り早い(えらく根気がいるけど)と判断して、そうした。

 自動車関連の本で、比較的古い時代の1926年に刊行された『最も容易に自動車運転手になる法』に目が止まり、開いてみるとハンドル関連の記載がちゃんとあった。

 その本では、方向転換装置全体のことを「ステアリングギア」、おなじみの円いパーツを「ステアリングハンドル」と称していた。

『各種自動車取扱の最新知識(1928)』より。英語表現に忠実な「ステイヤリング・ホヰール」の名称を用いている

 さらに文献を漁っていくと、1933年刊行『現今の自動車構造学』では、方向転換装置全体を「ステアリングホイール」と表し、手で握る部分のみを「ステア(ヤ)リングハンドル」として紹介している。

 一方で、同年刊行の『自動車工学』を開くと、「ステアリングホイール 普通ハンドルと云い運転手はこれを握って換向する」という記述がある。

 より英語に近いステアリングホイールが正確な表現で、ハンドルはあくまで俗語だったものの、昭和初期の段階で、ハンドルのほうが一般的な言い回しになっていたらしい。

 戦後の1950年代に発行された自動車専門書になると、単なる「ハンドル」が俗語を脱却した用語として完全に定着しており、ステアリングホイールと呼ぶのは少数派といった記述が見られる。“主従関係”が逆転したのはこの頃だったようだ。

■もはや出どころ不明

 自動車専門書に目を通した限り、専門用語としては、ステアリングホイールやステアリングハンドルが、だんだんと年月をかけて「ハンドル」に変わっていった印象を持った。

1939年刊行『シボレー・トラックの扱ひ方』になると、ごく普通に「ハンドル」の表現が使われるように…

 では、単なる「ハンドル」という表現が登場する最も初期の文献はいつ頃かと言えば、1908年発行のものが見つかった。さらに、1920年代中頃の時点で「ハンドルを取られる」の言い回しが既にあったらしい。

 自動車の黎明期から呼称の「ハンドル」は存在していたと思われるが、自動車の舵取り装置のことを「ハンドル」と呼ぶようになった明確な経緯を記した文献は1冊も見つからなかった。

 なにぶん歴史が古すぎるため、覚えている人も世界で恐らく0人になって久しく、今やまったく知る由もなかったのは、ちょっと残念。

■こんな理由だったのかも!?

 とはいえ、あり得そうな仮説を立てるとするなら、まずステアリングホイールよりもハンドルの方が短くて言いやすい、という単純な理由が考えられる。

 また、1890年代の日本では自動車よりも先に自転車が普及していた。当時の文献によれば自転車の方向を変える棒の部分のことを最初からハンドルと称しており、一般にも広く知れ渡っている単語だったのが読み取れる。

 同じタイヤで走る乗り物であれば、後から登場した自動車の舵取り装置をハンドルと呼んでも良いんじゃないの? となった可能性もゼロとは言い切れなさそうだ。

いすゞ製ボンネットバスには、大昔の自動車特有の細身なハンドルが付いている

 さらに、ごく初期の自動車の舵取り装置には、円形だけなく棒状のタイプもある。最初に渡来した自動車には棒状の舵取り装置が付いており、手で握る柄の部分をハンドルと呼んでいたが、円形タイプの自動車が本格的に入ってきた後も、「ハンドル」が俗称としてそのまま残った説も想像できる。

 ちなみに、1903年に日本の地を初めて走った路線バスに使われた米ロコモービル製蒸気自動車には、棒状タイプの舵取り装置が取り付けられていたようだ。

 いずれにせよ、「ハンドル」が、メーカーやマーケティング会社が一方的に決めて、今日からこう呼びますよ〜、と触れ込む「作られたもの」ではなく、いつのまにか誰もがそう呼ぶようになった「できちゃったもの」だったのは間違いなさそうだ。

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