華々しい競馬の世界。その裏で、厳しい競争に敗れレースを引退する馬は、年間5000頭以上。実はその多くが処分されているという悲しい現実がある。たとえレースで勝てない馬でも、人間のパートナーとしてイキイキと“馬生”を送れたら…。そんな願いを叶える、引退馬たちのセカンドキャリアが「ホースセラピー」だ。

ホースセラピーは障がい者等のリハビリとして利用されているアニマルセラピー(動物を用いたセラピー療法)の一種である。犬や猫によるセラピーが一般的だが、ホースセラピーは乗馬できるという大きな利点があるため、馬文化が浸透している欧米では多くの人が利用しているという。

天皇賞制した名馬の娘やディープインパクトの血を引く馬も

近年、レースを引退した馬たちの新しい活躍の場として、ホースセラピーが注目されている。茨城県阿見町にあるホースセラピー施設「ヒポトピア」は、引退馬などが行うホースセラピーで、障がいを持った子どもたちをサポートしている。この施設にいるのは、97年天皇賞(秋)を制した名馬エアグルーヴの最後の娘、ショパン(♀)やディープインパクトの血を引くホイホイフェリチタ(♀)、地方競馬での優勝経験もあるトレモロ(♂)、さらにはポニーや重種(ばんえい競馬で走る大柄の馬)などの多様な馬たちだ。

「競走馬は速く走るために生産されている馬だから、子どもたちを乗せてゆっくり歩くのには向いていないんじゃないかなと思っていたが、そうではなかった。乗馬でも活躍してくれているし、それが苦手な子にも別の役割がある」

ヒポトピア理事の小泉弓子さんはそう語る。ホースセラピーが行う治療は多彩だ。最大の特徴である「乗馬」は、8の字を描く独特の揺れが乗り手の体幹やバランス感覚を鍛える。障がいをもった子どもは、筋肉を動かす感覚や平衡感覚、触覚などに鈍感さや過敏さを持っていることが多く、乗馬による適度な刺激が重要な感覚を整えてくれる。また、この揺れは人間が歩くときの骨盤の動きに似ていると言われており、自立歩行の訓練にもなる。それだけではなく、ブラッシングやエサやりなどの馬の世話は、他者と協働して行う中でコミュニケーション能力や社会性を養うことができる上、リラックス効果も得られるのだという。

子どもたちの心と体を癒やす 引退馬のセカンドキャリア

ヒポトピアには現在、120名以上の子どもたちが通っている。知的障がいや体が不自由な子どもも多く、ホースセラピーで過ごす穏やかな時間の中で、癒されながら治療を受けている。中には、3人がかりのサポートがなければ乗馬できなかった肢体不自由の子も。継続して通う中で、今では後ろから首を支えられるだけで乗れるまでに成長している。母親は「3年前と比べると腰の動きが良くなって、乗り方が格段にうまくなっている。何よりも本人が楽しめるようになったのが続けている成果だと思う」と、効果を実感する。


ヒポトピア・小泉理事は「こういったホースセラピー施設が全国各地にできれば、たくさんの馬たちの行き場が増えていくんじゃないかと思う。子どもたちが『楽しい』という力は何にも勝るものはないので、本当に笑顔あふれる場所であってほしいと思っています」と話した。引退馬のセカンドキャリア、ホースセラピー。人を癒し、馬も再び輝ける舞台が、徐々に広がり始めている。

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