「来シーズンの目標はやっぱり東京で行われる世界選手権に出ることです」。日本女子走高跳界のエースが見据える先は、2025年東京世界陸上だ。

誰もが夢見る4年に1度のオリンピック。2024年のパリオリンピック™も多くの選手が活躍し、日本は海外大会で過去最多となるメダル総数、金メダル数を記録した。だが、陸上・女子走高跳の髙橋渚(24、センコー)はその舞台に惜しくもたどり着けなかった。

「行けなかったことは悔しい。でも、実力をそろえた試合はできたので、その実力以上がなかっただけかなと。前まではオリンピックなんて夢のまた夢ぐらいに思っていたんで、それに向かって本当に挑戦できたシーズン」

髙橋にとって2024年は挑戦の年だった。記録を徐々に伸ばしていき、1月時点で1m85だった自己ベストを、5月の静岡国際で1m88まで更新。わずか5か月で1cmずつ伸ばした。

「今シーズンは全試合のうち半分は海外に挑戦できた”攻めたシーズン”にはなりました」

五輪に出場するポイントを稼ぐため、海外にも挑戦し始めた髙橋。最初は、エントリーの仕方など右も左もわからなかったが、海外の試合に出ることで、世界との差を感じ、世界で戦う選手の器の大きさを知った。

「(パリ五輪5位の)バシュティ・カニンガム選手(26、アメリカ)はニューヨークの試合で写真を撮ろうって言ってくれて、向こうが1位で私が2位だったから。イタリアの試合では、(パリ五輪銅メダルの)イリナ・ゲラシチェンコ選手(29、ウクライナ)が出てたんで、私から声をかけて写真を撮ってもらったんですけど、みんな優しい。優しくて器の大きさを感じます。やっぱ強い選手ってこうだなって」

たかが2cm、されど2cm。「1m90」の高い壁に泣いた

女子走高跳の日本記録は2001年に記録された1m96。そこから20年以上、一度も破られておらず、日本女子陸上界の主要種目の中で”最古の記録”とも言われている。現役選手でこの記録に一番近い髙橋でさえ、8cmの差がある。

それでも髙橋は目先の目標に集中した。「まずは、1m90」。この高さも2013年以来、超えられていない大台。髙橋自身も春頃から試合で何度も挑戦し、”跳ぶ準備”を整えてきたが、自己ベストより2cm高い”壁”は思っていた以上に高かった。

日本選手権 1m90までミスなく跳ぶ高橋(6月、新潟)

6月に行われた日本選手権。五輪出場には「1m90を跳び、優勝」が条件だった。1m81の時点で髙橋の”独り舞台”となり日本選手権3連覇は確定したが、結果は1m87と目標には届かなかった。今まで泣き顔を見せたことがなかった髙橋の目には、涙が溜まっていた。髙橋は当時を振り返った。

「本当にどうしてもあの場で1m90を飛びたかったので、それに関しては本当に悔しい。”もう跳べる!”って思って行ったのに跳べなかったので、あの時は悔しさ全開でした」

「私が世界に出る」東京世界陸上に向け再始動

練習を始める髙橋(左)と醍醐奈緒美コーチ(右)(10月、神奈川・平塚競技場)

「絶対に私が世界に出たい!」悔し涙を流した日本選手権で宣言した髙橋。パリ五輪が閉幕してから約2か月。髙橋の姿は醍醐奈緒美コーチ(元三段跳びの選手、夫は男子走高跳元日本記録保持者・醍醐直幸氏)と共に、神奈川県・平塚競技場にあった。常に二人三脚で歩む醍醐コーチにこれからのトレーニングについて聞くと、「11月から今より体の強度を少しあげて、2週目からがっつり練習に入る感じです」と、意外な答えが返って来た。

取材の日は、10月。実はこの日はまだオフの期間だった。なぜ、本格的な冬季トレーニングの前に体を動かし始めているのか。コーチとの会話の中に、髙橋の”本気度”が垣間見えた。

醍醐コーチ:休めた?

髙橋:はい。めっちゃ休めたのに体はダメですね。(完全に)復活していない感じがして。

醍醐コーチ:もっと休んでいいのになって思うけど。やらなきゃって気持ちが、目標があるから。前はちょっと休みなって言ったらそこまで休むかってくらい休んで戻ってきたけど(笑)

髙橋:練習をしたいし、来年に向けて(体を動かしていないと)ちょっと怖くなっちゃうから練習していた方がいい。

醍醐コーチ:安心するってことでしょ?全然大丈夫なのにって思うけど。本人の求める水準が今までと比べたら高くなったんですよね(笑)

髙橋を”本気モード”にさせたのは、やはり目標だったパリ五輪の落選が大きかった。

「パリに出られなかった分、そこ(世界陸上)に挑戦したいなっていう気持ちがあります」

ハードルとメディシンボールを使った上半身トレーニング

11月からの冬季トレーニングは、男子大学生らに混じって行う”持久力向上”をメインとしたトレーニング。髙橋の苦手分野ということもあり、「練習が怖い」と話す。しかし、このトレーニングをバネにしようとしているのも確かだ。

「多分相当きついんだろうなって思いながら準備してます(笑)だけど、きつい練習をしてそれを自信に試合をしたいので。もう食らいついて、こんなにきつい思いないってくらい、きつい思いをしながら、今年は気合いが違うってところを見せられるように冬頑張ります」

パリ五輪女子走高跳で金メダルを獲得したウクライナのY.マフチフ(23)が24年7月に37年ぶりとなる世界新記録(2m10)更新を果たした。世界では成長を続けている女子走高跳。そうした世界の強豪たちと戦う上で、全く弱気にならないのが、髙橋が成長した部分だ。

「何回か試合で一緒だったら、日本の選手って最近出ていないので印象に残るじゃないですか。でも1回じゃ全然覚えてもらえないので、何回も試合して覚えてもらえるようになりたい。そのために(世界に)行ってあの時一緒だったんだよって言えるように、頑張りたいなと思っています」

日本の女子走高跳の選手が世界大会に出場すれば、11年ぶりとなる。髙橋が狙うのは、”1m90を跳んで世界陸上に出る”、だけではない。

「今年以上を出すこと、1m90を跳んでもう1段階上の自分で揃えないと(世界陸上に)行けただけで終わっちゃう。出れただけじゃ面白くないんで、そこで決勝に進むためには1m90を跳んで、それを(確実に)跳べる状態で絶対に迎えたい。シーズン前半がすごい鍵になる」

笑顔で語る髙橋

挫折を味わった日本女子走高跳界のエースは、一皮も二皮も向け世界に出る準備を進めている。最後に髙橋が笑顔で語ったのは、1年後、大舞台で戦う自分を想像した姿だった。

「楽しみです、どうなっているか。全然今とは違った何段階も上の私で頑張っていると思います」

髙橋渚(たかはし・なぎさ)

東京都出身。2000年1月15日生まれ。173cm。自己ベスト:1m88
走高跳との出会いは中学校の体育の授業。当時はバドミントン部に所属していたが、部の活動が落ち着いたタイミングで陸上部顧問から誘われた区大会、都大会と続けて優勝した。高校で本格的に陸上を始めるため強豪の東京高校に進学。高校3年時の全国高校総体で優勝、日本大学に進学後も成長は止まらず日本選手権で上位に入賞。22年から日本選手権3連覇と日本では敵なしの状態。社会人2年目の24年にセンコーに入社。

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