女子駅伝日本一を決めるクイーンズ駅伝(11月24日・宮城県開催)。その予選会であるプリンセス駅伝が10月20日、福岡県宗像市を発着点とする6区間42.195kmのコースで行われた。

1区でスターツ、2〜3区ではエディオンがトップに立ったが、優勝候補一番手とされていた三井住友海上は3区終了時で9位と出遅れていた。4区のインターナショナル区間でユニクロが、新加入のオマレ・ドルフィン・ニャボケ(23、ケニア)の走りでトップに立ち、5区でも首位をキープ。6区で三井住友海上の樺沢和佳奈(25)が追い上げたが、ユニクロが7秒差で逃げ切った。ユニクロの優勝記録は2時間19分16秒、2位の三井住友海上が2時間19分23秒、3位のエディオンが2時間19分52秒で続いた。

昨年18位でクイーンズ駅伝出場を逃したシスメックスが、4位と大健闘して長距離関係者を驚かせた。シスメックス、9位の肥後銀行、16位のデンソーが2年ぶりにクイーンズ駅伝に復帰する。11位の東京メトロ、14位のベアーズがクイーンズ駅伝初出場を決めた。

相反する気持ちを抱えて走っていたアンカーの加藤綾華

ユニクロアンカーの加藤綾華(25)は、一見矛盾するような複雑な気持ちで走っていた。中継所をスタートしたときは「ものすごいプレッシャーがあった」と言う。

「本当に不安だったんですが今まで練習してきたことや、サポートしてくださったスタッフと、一緒に練習してくれたメンバーの思いを背に、絶対に1番でゴールすることだけを考えて走りました」

しかしパリ五輪5000m代表だった樺沢の激しい追い上げが、沿道の応援などで嫌でもわかる。「追いつかれてもいいや、抜かれてもいいや、何番でもいいや、なんでもいいや」という心境だった。

良い練習ができた時期もあり、できることはやったという思いはあった。しかし大会前になって調子が落ちてしまったことへの不安もある。相反する感情が入り交じった、選手特有の心理状態だった。

「今シーズン前半の走りが本当に良くなくて、(競技を)やめたいと思っていた時期がありました。口にはしませんでしたが監督(長沼祥吾監督)が気付いてくれて、『オレが夏のメニューを作ってやる。それで秋シーズンの結果が出なかったらやめてもいい』って、すごく愛情のある言葉をかけてくれたんです。それで私も変わることができて、初めて走るような距離を“倒れてもいいから”という思いでやりきりました。しかしその反動で疲労が出て、9月は調子が落ちてしまったんです。“やっぱりダメかな”という思いもよぎりましたが、メンバー争いでなんとかアンカーをつかみ取ることができて、優勝できなかったり区間順位が悪かったりしたら、外れたメンバーに申し訳ない。それだけを考えて、自分の走りをすることだけを考えて走りました」

複雑な心理状態だったが、それがある種の集中力につながっていた。

6人中唯一の生え抜き選手がテープを切った意味

加藤にとってプリンセス駅伝の6区は、ルーキーイヤーの21年、22年に続いて3回目。樺沢に残り1km付近で4~5秒差まで追い上げられた。しかし加藤はそこからペースアップし、前述のように7秒に差を広げて逃げ切った。

スタート前に長沼監督から、「樺沢との力の違いを考えたら絶対に追いつかれる。追いつかれても最後にスパートする力は残しておけよ」とアドバイスされていたことを実行に移すことができていた。「どうなってもいい」という開き直りが、冷静な走りにつながったのかもしれない。

「プリンセスはアンカーの経験が2回ありました。(フィニッシュ地点に向かって)曲がった時に差があるとわかりましたし、上りは絶対に得意なんです。(フィニッシュ地点で待つ)みんなが見えた時にはもう、これは1番で、っていう思いでした」

加藤は今回出走したメンバー6人中、唯一のユニクロ生え抜き選手。残りの5人は他チームで実績を残し、移籍してきた選手たちである。移籍選手が多いチームで、加入後に2区の後藤夢(24)はパリ五輪の代表入りした。3区の吉川侑美(33)は各種目で自己新を出しながら距離を伸ばし、現在はマラソンで世界陸上を目指している。移籍選手をしっかり伸ばしている点が、ユニクロの強さであることは間違いない。

だが長沼監督は「今回の加藤のように、生え抜き選手が頑張るところがベースになります」と明言する。「補欠に回った朝日春瑠(25)や阿部円海(21)も生え抜きで、結構良かったんですよ。阿部を起用してもよかったのですが、今回は加藤の経験値に期待しました」

監督が選手の心理状態を見抜いてアドバイスをし、その気持ちに応えた選手が自身を追い込んで練習を行い、監督の選手起用がピタリとはまった。駅伝に勝つときは“何らかのプラス”がチーム内で働いている。

プリンセス駅伝初制覇は「6人全員の力の合体」

しかし、加藤の頑張りだけが勝因ではない。6区に50秒差でタスキをつないだ5区までの展開がなければ、6区の劇的な逃げ切りはなかった。長沼監督は全員の総合力の結果だと強調する。

「予想より頑張ったのは5区の平井(見季、28)ですが、そこまでの4人がしっかり流れを作っていた。それが平井の頑張りと、加藤の最後にキック(スパート力)を残す走りを引き出しました。選手6人全員の力が上手く合体できたことが一番良かったですね」

1区の川口桃佳(26)は2年前に、同じ1区で区間賞を取った選手。今回のトップと32秒差の区間11位は、ユニクロにとって誤算だった。しかし2区の後藤が区間賞と快走し、トップのエディオンと11秒差の4位に浮上した。

3区の吉川は区間3位で「監督がマラソンにつながると言っていた区間順位」をきっちりと確保。「先頭の中継車に(大好きな)TBSの南波(雅俊)アナが乗っていらしたので、その車から離されないように」という気持ちで3位に進出した。

そして4区のニャボケが2.5km付近でトップに躍り出た。ニャボケは「とにかく自分自身を追い込んで、できるだけ前にという気持ちで走っていました」と逆転したシーンを振り返った。日本で活動はしていたが、昨年までは駅伝に出場していないチームに所属していた。

「ユニクロの一員としてここにいられることが、とても幸せです」

5区の平井は、長沼監督に“予想以上”と言われたことに納得していた。「調子が上がらずに不安でしたから」と。平井はスピードを出す能力は高いが、故障の影響もあり地道な練習を継続することが苦手だった。今年の夏は「意識改革」(長沼監督)をして苦手な練習にも取り組んだ。

平井は区間5位だったが、2位のエディオンを引き離した。「練習はしっかりやっていたのでそこを自信にして走りました。(2番目に長い)5区を任せられたからには、今の力を出し切ろうと思って走りました」

クイーンズ駅伝では、翌年の出場権が得られる8位以内(クイーンズエイト)を目標にする。ただ三井住友海上、エディオンも含めたプリンセス駅伝上位3チームに、クイーンズエイト入りの可能性がある、という声も出ていた。昨年の8位以内のチームも、下剋上を簡単にはさせないだろう。クイーンズエイトは簡単には達成できない。

長沼監督はプリンセス駅伝には間に合わなかったが、故障明けの柳谷日菜(24)の戦列復帰を期待している。10000mで31分台(31分56秒32)の記録を持ち、前所属チームではクイーンズ駅伝の5区と3区を担っていた実績の持ち主である。

だが長沼監督が話したように、現時点の実績では劣るが生え抜き選手たちも好調だ。彼女たちが奮起することで、クイーンズ駅伝のユニクロの5、6区は、プリンセス駅伝以上のレベルになる。

プリンセス駅伝で「ゴールテープを人生で初めて切った」と感慨にひたった加藤が、「クイーンズ駅伝に向けてメンバー争いして、自分の調子を上げて、エイトを絶対につかみ取りたいと思います」と、さらなる活躍を誓っていた。

(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)

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