陸上競技2日目の8月2日、女子5000m予選に田中希実(24、New Balance)が登場。世界トップ選手たちとのラスト勝負に挑んだが、15分00秒62で9位。8位までが決勝に進出できたが、0.98秒差で予選を通過することができなかった。過去の五輪&世界陸上と比較しても、良い試合結果や準備ができて臨んでいた。敗因はレース中の精神状態にあったのかもしれない。
次は1500mで東京五輪に続く入賞と、自身が持つ日本記録更新に挑む。1500mは予選が6日目に行われ、通過の可能性が高い。勝負となるのは8日目の準決勝だ。準決勝を突破できれば精神的にも楽になり、10日目の決勝で東京五輪の8位以上に挑戦する。

世界の強豪が揃った影響があったのか?

まさかの結果だった。田中自身も「決勝しか狙っていなかったので、今、現実が受け容れられないような状態です」と、レース直後のインタビューに答えた。
田中も昨年の世界陸上ブダペストで8位に入賞した世界トップランナーの1人だが、予選1組にはそれ以上の実績の持ち主が多かった。過去3シーズンの金メダリスト、21年東京五輪のS.ハッサン(31、オランダ)、22年世界陸上オレゴンのG.ツェガイ(27、エチオピア)、23年世界陸上ブダペストのF.キピエゴン(30、ケニア)が揃っていた。

だがその3人と14分12秒98(世界歴代8位)を持つE.タイエ(24、エチオピア)は、田中にとっても格上で、自分より上の順位で通過する前提で考えていただろう。田中の自己記録は14分29秒18である。

問題は自己記録が近い選手たちとの争いだった。N.バットクレッティ(24、イタリア)と、E.クラニー(28、米国)の2人は東京五輪の予選2組で田中に4~5秒先着している選手。田中は東京五輪でも、あと1人という順位で予選落ちしていたのだ。K.シュヴァイツァー(28、米国)は主要大会での直接対決こそないが、東京五輪、22年世界陸上オレゴンと、田中が予選落ちした大会で決勝に進んでいる。

レースは山本有真(24、積水化学)が最初からリードを奪ったが、集団は3000m通過が9分22秒1の超スローペースで進んだ。3000mで田中が集団の先頭に立った。ラスト勝負に研きをかけてきたが、ここまで遅いとラストが短距離競走になってしまう。それは避けたかった。
だが残り1周地点で9人が集団に残っていた。1人が予選落ちする。田中は残り200mでは5番手につけていたが、残り100mで7番手に落ち、最後の直線で9位に後退した。7、8位の米国の白人選手2人に引き離されてしまった。

残り2000mのタイムは5分38秒5で、前半がスローペースだったこともあり、判明している範囲では田中の過去最速タイムだった。しかしラスト1周は63秒5。昨年の世界陸上ブダペスト決勝は61秒1、3位とDL自身最高順位タイだった7月のDLモナコ大会は61秒2だった。

父親の田中健智コーチはラストのスピードが上がらなかった要因を、次のように話した。

「集団の先頭を引っ張って脚を使った(力を使った)ことがあったと思います。集団の先頭を走ったことで、後ろの選手たちの動向や数を把握できていなかった。最後の周回で抜かれ始めて(ライバル選手の)数がわかって、動きが硬くなったのだと思います」

良い準備をしてもなお、レース中のメンタルがパフォーマンスに影響してしまう。あるいはレース直前の練習の出来で、レースの走りが悪くなったりする。それが田中の特徴で、マイナスに出ると今回のような走りになってしまうのだ。だが反対に、短期間でメンタル面が良くなって、走りが一気に良くなることもある。

1500mに向けて立て直すことができる可能性は?

レース後のテレビ・インタビューでは、冷静に話す田中が映し出されていた。

「強豪選手たちの中でも余裕を作れればよかったんですけど。引っ張りながらもレースを支配できていませんでした。それでラスト1周の足が残っていなかったのだと思います」

冷静に敗因を分析していたが、気持ちは乱れていたはずだ。その後の取材では「自分のオリンピックが終わってしまった」と、後ろ向きのコメントも出ていたという。それだけ2種目決勝進出、2種目入賞に対しての思いが強かった。1500mまでに立て直すことができるのだろうか。

昨年の世界陸上ブダペストでは、気持ちの切り換えに成功した。今回とは逆で1500mが先に行われ、準決勝を通過できなかった。しかし3日後の5000m予選を14分37秒98の日本記録(当時)で通過。決勝で8位入賞を果たした。

ブダペストの田中は大会が始まってからも「何をやっても虚(むな)しい」という言葉を田中コーチやトレーナーら、“チーム田中”内で発していた。そんな田中に対しチームの解散を宣言するなど、田中コーチが毅然として対処した。1500mの準決勝が終わった後に、チームのありがたさを再認識した田中が、メンバーに対して感謝の気持ちを持つことができた。と同時に走りも良くなったのである。

同じことがパリでも起こるとは限らないが、大会自体に入る前の精神状態は、ブダペストより今回の方が間違いなく良かった。田中コーチもそれを認めているし、母親の千洋さん(市民ランナーだが北海道マラソン優勝2回)も、「今回は穏やかな気持ちで日本を(7月8日に)出発しました」と話していた。

「これまでお世話になった方たちから、希実のイラストを描いた旗に寄せ書きをしてもらうことができましたし、希実の10年来の“心友”の方にも1年以上ぶり会うことができたり。最高の出発前になりました」

パリには千洋さんも応援に来ている。ブダペストのときは毎朝、一緒にジョグをしたり食事をしていた。田中は、本人が言うところの「けんか」を繰り返しても、田中コーチの指導を受け続けている。それは家族の前なら安心して、本音や弱音を話すことができるからだ。それが一途すぎるところがある田中にとって、精神安定剤的作用している。

田中が1500mまでに良い精神状態に戻れば、走りも間違いなく良くなる。今季のシーズンベストは自己3番目の4分01秒44。準決勝で出した3分59秒19の日本記録を出し、決勝で8位(3分59秒19)に入賞した東京五輪を上回る可能性が、今の田中には十二分にある。

(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)

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