選手の育成・指導方法が絶えず変化しているプロ野球界。
さらに、“作戦“も令和になって変わってきていると感じていると、元プロ野球選手で現在、オイシックス新潟アルビレックス・ベースボール・クラブ監督の橋上秀樹さんは話す。
著書『だから、野球は難しい』(扶桑社)から、今どきの「ヒットエンドラン」について一部抜粋・再編集して紹介する。
安易な「ストレートのストライク」をしない
年号が平成から令和にかわり、野球の作戦がこれまでと変わってきた部分がある。その一つが、「ヒットエンドラン」についての考え方である。
ヒットエンドランに適したカウントというのは、1ボール0ストライク、2ボール0ストライク、2ボール1ストライク、3ボール1ストライクといわれていた。
なぜなら「次は高い確率でストライクが来る」と予測可能なため、打者も思い切りスイングすることができたからだ。
問題は球種である。昔ならば、「ストレートのストライク」を投げさせてということもあるにはあった。
この記事の画像(4枚)だが、今の時代は、捕手は安易に「ストレートのストライク」を投げさせるような配球はしない。
見え見えの配球ではそれこそピンチを広げてしまって大量失点につながるような事態を招きかねないと危惧しているからだ。
それゆえに捕手はストレートではなく、その投手が最も得意としている変化球を投げさせることを第一に考え、ストライクを取りにいく。
この場合、当然ながら投手によって得意としているボールは違う。
スライダー系、カットボール系、シュート系、落ちるボールなど、さまざまなタイプの者がいるわけだ。
「この球種を投げさせるのが正解」ではなく、「その投手の持ち球のなかで、もっとも得意とする球種が正解」となるのだ。どんな投手でも、「球種の優先順位」が必ずある。
あらかじめ捕手はそれを把握し、優先順位の高い球種を選んでいく傾向がある。
高い技術と高い読みも求められる
反対に打者の立場からいえば、「ストレート以外の球種のボールをいかに仕留めることができるのか」が、ヒットエンドランを決めるカギとなる。
たとえば相手投手がスライダーを得意としている投手であれば、「アウトコースのスライダーがくる」と狙いを定め、1スイングで確実に仕留められれば、打者の勝ちとなる。
そうでなければ、相手バッテリー有利のままであると考えられる。
このようにヒットエンドランを一つ決めるにしても、高度な技術に加えて「高い読み」も要求されるわけだ。
さらにバッテリーの考えとしてもう一つ挙げられるのが、「ヒットエンドランをされやすいカウントにしない」ということも挙げられる。
そのために必要なのは、「早めに2ストライクに追い込んでしまうこと」である。
そうなると、安易にストライクを投げてくるとは考えづらくなるので、打者よりも相手バッテリー有利の状況が作り出されてしまうことになる。
こうしたこともあり得ることを、攻撃側のベンチにいる首脳陣と選手たちは念頭に置きつつ、ヒットエンドランを仕掛けていける場面かどうかを見極めていく必要がある。
これは余談だが、勝負どころで確実にストライクのとれる変化球が1球種あれば、先発として5勝が可能となり、2球種以上になれば2ケタは勝てると言われている。
つまり、ストライクを取れる球種が多い投手ほど、攻略するのが難しくなってくる、という見方ができるということも、参考までにお伝えしておこう。
スクイズはサインを出す監督も緊張
作戦バリエーションの一つに「スクイズ」があるのだが、「打者を送るためのバント」と違って、「得点を狙うためのバント」であるため、打席に入っている打者もそうだが、サインを出す監督も緊張する場面でもある。
「ピッチドアウトされたらどうしよう」
「相手捕手も意図しないような、とんでもないボール球を投げてきたらどうしよう」
などと考えてしまったら、スクイズのサインはまず出せない。
考えてみてほしい。
走者が三塁にいたら、ノーアウトでも1アウトでも得点する確率は高くなる。
仮にきれいなヒットでなくても、ボテボテの内野ゴロでも本塁に生還できるし、外野に高々とフライを放てば犠牲フライで一点奪うことだって可能となるわけだ。
にもかかわらず、あえてスクイズのサインを出した場合、失敗時には三塁走者はいなくなり、2アウト走者なしという状況となる。
サインを出す側が、それなりに高いリスクを背負うことを想定しなければならないのだ。
かくいう私も新潟で一度だけ、スクイズのサインを出したことがある。
延長戦でタイブレークになり、2点を奪ってなお1アウト三塁。私は打席の選手に対して、初球スクイズのサインを出した。
結果は、空振りで三塁走者がアウトになってしまった。2アウト走者なしで打者はアウトとなり、追加得点は奪えなかった。
けれども私はスクイズのサインを出したことを後悔しなかった。
「失敗したら何を言われるのかわからない」という批判も承知の上だったので、「仕方ない。次」と、思いのほか早く切り替えることができたのだ。
相手投手の力量が上だとサインを出しやすい
相手投手の力量が自分たちより明らかに上のときこそ、ヒットエンドランにしろ、スクイズにしろ、サインを出しやすいと考えている。
なぜなら、「捕手の構えたところにボールを投げてくれる」からだ。
逆に言えば、いわゆるコントロールが荒れている投手相手のほうが、こうしたサインを出すと、失敗するリスクが高くなるのだ。
たとえば1アウト三塁という場面。
カウント2ボール1ストライクでスクイズのサインを出したとする。相手バッテリーが警戒していなければ、ストライクゾーンの範囲に投げ込んでくれるので、バットにしっかり当てて転がせばスクイズ成功となるわけだ。
「強行したほうが得点するチャンスが高いのではないか」という意見もあるかもしれないが、われわれの想像をはるか上を行くようなキレやコントロールを持つ球は、そうやすやすと打てるものではない。
そうなると打席に立つ打者が、「自分たちで何とかするしかない」と考え、冷静さを失ってしまった結果、三振や内野フライなどで凡退する確率が高くなる。
自分たちよりも上か下で作戦が変わる
だからこそ考えるべきなのは、もし自軍の選手らが、「相手の投手のほうが、自分たちよりも明らかにレベルが上」と自覚しているのであれば、ベンチから何らかの作戦を指示したほうが、選手も思い切ったプレーができるようになる、ということもあり得るわけだ。
ところが、相手投手の力量が下だとそうはいかない。
仮にスクイズのサインを出したとしても、相手投手が意図的に外したのではなく、「勝手に暴投を投げてしまった」ことで、結果的に外されたと同じ意味合いでアウトになってしまう。
作戦を出すベンチ側としても、「あんなにコントロールが乱れる投手相手だったら、別の作戦を指示すればよかった」と後悔してしまうのだ。
相手投手の力量が、「自分たちよりも上か下か」を判断することによって、得点圏での作戦は大きく変わってくると言っても過言ではない。
とくに独立リーグの投手というのは、同一チームであっても明らかに力量の高い投手とそうでない投手との差が激しい場合もある。
自分たちより上の投手ならば奇襲をかけ、そうでなければじっくり待っていくという選択をしていくわけだ。
橋上秀樹
元プロ野球選手。ヤクルトに入団後、日本ハム、阪神と渡り歩き2000年に引退。その後、コーチなどを務め、2021年から新潟アルビレックス・ベースボール・クラブの監督
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