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<いちばんのNGは「引き留めるために給与額を上げる」。給与を理由とする退職希望者は一定数いるが、どう対応すべきか>
コロナ禍の混乱期を経て、これから先を見据えての動きなのか、退職・転職の話を聞くことが多くなりました。
退職に至る理由はさまざまですが、今回は、「給与」という目に見える理由をあげて退職の申し出をしてきた場合の対応策について考えていきたいと思います。
給与を理由に辞めてしまう従業員はどのくらいいるのか
そもそも退職理由について、以下の調査結果が出ています。
令和3年度における退職理由をみると、「その他の個人的理由」「その他の理由(出向等を含む)」を除くと、男性では、「職場の人間関係が好ましくなかった」が8.1%、女性では「労働時間、休日等の労働条件が悪かった」が10.1%となっています。そして、「給与等収入が少なかった」については男性が7.7%、女性が7.1%となっています。
この結果から、給与が少ないことを理由に退職する社員が一定数いることが分かります。
【参考】令和3年雇用動向調査結果の概況 / 厚生労働省
「給与が少ない」を理由に退職希望者が出るケース
「給与を理由に辞めてしまう社員」の存在について考えた時に、たとえば、以下のような理由が考えられるでしょう。
■ケース1:そもそも給与水準が低く、生活に支障が出たり、将来に不安を抱いたりしている
あるサービス業の会社では、人事制度見直しの一環として、賃金テーブルの見直しを行い、社内開示をしました。それによって、数年後の給与額の見通しが立ち、将来像を描きやすくなったと好意的にとらえた社員がいた半面、「自分はもっと稼ぎたい」という声があがり、辞めてしまう社員も出てしまいました。
■ケース2:社内の他者と比較して、自身の給与額に納得感を持てない
別の製造業の会社では「辞めたい」という意向を受け、「引き留めよう」という話し合いの結果、手当の形で給与額を若干上げることになりました。しかし、そのような対応をしたことが他の社員にも伝わり、「なぜあの人だけが」など、社内で不安・不満が広がる結果となってしまいました。
(参考記事)社員が「退職代行サービス」で退職...これは違法?対処法や注意点を弁護士が解説
給与を理由に「辞めたい」と言われたときの対応法
「辞めたい」という申し出があった時、基本的には「引き留める」というリアクションが一般的でしょう。なぜなら、少子高齢化が進み、企業は人材不足・採用難の中で、組織運営を考えていかねばならないからです。
退職理由の受け止め方を誤ってしまうと、企業の資産である人材の流出がますます加速してしまいます。また、解決策が表面的なものとなり、本質的な課題解決にはならず、悪影響が広がってしまうということにもなりかねません。
■ケース1:「そもそも給与水準が低く、生活に支障が出たり、将来に不安を抱いたりしている」退職希望者への対応は?
このようなケースに遭遇した場合は、給与(月給)だけでなく賞与や退職金も含めて説明しましょう。
たとえば、月給額が低かったとしても賞与と合わせれば、年収ベースでは不満を持たないかもしれないですし、定年時に受給できる退職金の支給額が高ければ、老後の生活についての不安を解消することができるかもしれません。
給与や賞与、退職金などを含めて全体として説明できるようにしておくことが重要です。また、あらかじめ同業他社の給与や総務省が出している「標準生計費」などを参考にして給与水準を検討したうえで賃金制度を構築することも必要でしょう。
■ケース2:「社内の他者と比較して、自身の給与額に納得感を持てない」退職希望者への対応は?
こちらのケースでは、まず大前提として、「引き留めるために応急処置的として給与額をあげること」はおすすめできません。
特定の人だけ給与を上げると、それが発覚した際に他の人は大きな不満につながりますし、「辞めると言えば給与が上がる」と退職の申し出を交渉材料としてくる可能性すらありえます。そのため、そのような特別扱いができないように、公平感のある給与制度や評価制度を構築しておくことが必要です。
そして、まず心に留めておきたいのは、もし社員から「給与が低いからこの仕事は続けられない」「このまま給与が上がらないならば会社を辞めたい」という言葉が出てきたとしても、その背景・意図にはさらに深い理由があるかもしれないという点です。
(参考記事)出戻りさせてはいけない退職者の特徴とは?再雇用のメリット・デメリットを解説
■社員の本音を聞くこと
社員が「給与への不満」を理由に退職を申し出てきたら、もしかすると給与以外の不満があるのかもしれない、と考えてみたほうがよいでしょう。たとえば、以下のような状況や心情です。
・新たな業務にチャレンジしているのに、評価が上がらず、そのチャレンジを認めてもらえていない
・育休中・休職中の仲間たちの分もフォローしながら自分の業務に取り組んでいるが、それ故に忙しくなりパフォーマンスが下がっていることをとがめられ、フォローしていることを否定された気持ちになった
・いまの給与には満足しているが、これから先さらにキャリアアップしていきたいと考えると、この会社の管理職の仕事は大変そうだし、自分がそれを担える自信がない
給与などの報酬、役職などの地位、勤務時間などの労働条件といった目に見えるものは、一時的な動機付けにはなるものの、そのモチベーションは持続しないといわれています。
社員は目に見えるものだからこそ、分かりやすく「給与が低いから」といった理由をあげがちです。誰にとってもわかりやすい退職理由があがってきた時には、その言葉の真意を確かめるべく向き合って話をする場を持つことが大事です。
あがってきた言葉をそのまま受け止めて判断するのではなく、その背景・意図・文脈を正しく把握するための確認の場として、「対話の時間」を設けることは重要です。
■労働条件面について、伝え方は具体的に
また、給与や役職など目に見える労働条件面について、安易に「上げる」「変える」と伝えずに、本人の捉えかたや、他者への影響、社内全体への見え方など、幅広く捉え判断していくことが必要です。
「言った」「言わない」でトラブルになるケースもありますが、契約は口頭で伝えたことであっても成り立つ場合があるので注意が必要です。
とくに伝える側は「場合によっては給与を上げることも考えてよいけれども......」と幅を持たせた言い方をしたとしても、相談する側には「場合によっては」という幅が受け止められず、「給与を上げることを考えると言ってくれた」と受け止めてしまうこともあります。
先々に期待する役割(○○業務を担えるようになって半年が経過した場合など)や、分かりやすい条件(チームメンバーの離職を一年間抑えることができた場合など)を明確に示し、その内容を当人にも理解させた上で、話を進めるようにしましょう。
冒頭で紹介したケースのように、「その人だけに特別対応をしたことが、他のメンバーにも伝わってしまい、社内の雰囲気が悪くなった」ということも起こりえます。「この件は、あなただけに対応することだから、他の社員へは言わないように」と念押しをするとしても、それを義務として課すことは難しいでしょう。
まとめ
本記事では「給与を理由に辞めてしまう社員」の対応法について解説しました。「給与が低いから辞めたい」と退職届が提出された場合、その言葉をまっすぐに受け止めるだけでなく、背景や意図を確認することが重要です。
また、「給与を上げる」と伝える際には、齟齬が起きないよう具体的な条件や役割を示すことが必要でしょう。人材不足の中、持続可能な経営をするためにも、事態に直面した際は以下の要点をおさえた上で、対応していきましょう。
・まずは話を聴く場を持ち、背景・経緯・意図を深掘りして把握する
・その上で会社としての判断を示す
・気持ちを訴えてきたこと自体に意味があると受け止め、その後のキャリア支援や業務管理を通じて密にフォローしていく
また、給与を理由とした退職希望者が続出している場合は、根本的な解決を図る必要があります。
まず、経営者は目をそらさず現状を認識しなければなりません。場合によっては外部のアドバイスも受けながら、組織改革を速やかに検討したほうがよいでしょう。その際、社員に向かって方針を発信していくことも大切です。
・同業他社の給与をリサーチのうえ新たな給与水準を検討する
・給与制度や評価制度を見直し、公平感のある制度を再構築する
[執筆者]
西田周平
有限会社人事・労務チーフ人事コンサルタント
日本大学法学部卒業後、食品メーカーを経て現職。従業員が500名を超える会社から数名の会社まで幅広い企業のES向上型人事制度作成に数多く携わるほか、多くの労働基準監督署の是正勧告対応などの労務トラブルに対応し、その経験からリスク管理に長けた就業規則を作成するなど、中小企業の人事・労務に精通している。最近は、執筆や講演も精力的に行っている。
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