気候変動の影響を既に感じていると語るケニアのコーヒー農家、ンギブイニ JONATHAN W. ROSEN

<気候変動の影響により大幅な収穫減が予測されるなかで、世界の主要産地が協力して品種改良の取り組みが始まった>

デービッド・ンギブイニ(32)は、ケニア中央部のハイランド地区で親から受け継いだコーヒー農園を営んでいる。この一帯は標高が高く、涼しい気候と火山灰の堆積した肥沃な土壌に恵まれていて、世界有数のコーヒー産地として知られてきた。

雨期が終わった今年5月、約4万5000平方メートルの農園では、6000本ほどのコーヒーの木にたくさんの美しい実がなっていた。品種はほぼ全てがアラビカ種。最も普及しているコーヒーの品種だ。


今シーズンの収穫こそ絶好調だが、コーヒー生産を取り巻く状況は厳しい。ケニアで19世紀から栽培されてきたアラビカ種は、気候変動の影響に極めて弱いのだ。チューリヒ応用化学大学(スイス)の研究チームが2022年に発表した論文によると、アラビカ種の栽培に最適な土地の面積は、2050年までに現在の半分以下に減るという。

ンギブイニは既に影響を実感している。気温の上昇により、コーヒー豆の成長が妨げられたり、木が病気に弱くなったりしているのだ。しかも、降雨パターンが不規則になり、コーヒー豆の品質と収穫高も安定しなくなった。

ンギブイニは20~21年の農期に、近隣の農家から集めたものと合わせて過去最高の200トン以上のコーヒー豆を加工した。ところが、翌年にはその量が80%近く減ってしまった。「大々的な害虫被害があったわけではない」と、ンギブイニは言う。「気候面の要因だけが原因だ」

コーヒー豆の生産を守るために品種改良を目指す GERALD ANDERSONーANADOLU AGENCYーGETTY IMAGES VIA GRIST

収穫高に関する不安が高まる一方で、需要は増すばかりだ。一部の予測によると、世界のコーヒー消費量は現在1日当たり23億杯だが、今世紀半ばまでには2倍に跳ね上がる可能性がある。

コーヒー業界は、供給不足に対処しようと躍起になっている。アラビカ種以外の品種を栽培したり、ヒヨコ豆やデーツ(ナツメヤシ)の種などにカフェインを注入して代替コーヒーをつくったりする試みも行われている。


しかし、昔ながらのコーヒーを愛する人やンギブイニのようなコーヒー農家にとって最善の対応策は、アラビカ種の気候変動への適応力を高めて収穫高を増やすことだろう。非営利団体「ワールド・コーヒー・リサーチ(WCR)」が主導するプロジェクト「イノベア」は、この目標に向けてアラビカ種の品種改良を促進しようとしている。

コーヒーの長い歴史を通じて、豊かな国々の商社や加工業者、販売業者は、コーヒー豆の収穫を増やすための投資を全くと言っていいほど行ってこなかった。

転機が訪れたのは2012年。気温と降雨パターンの変化により、さび病という病気が蔓延し、コーヒー生産に大きな打撃が及んだのだ。コーヒー業界がWCRを設立したのはこの年のこと。WCRには現在、190社以上の企業が参加している。

WCRから届いた新品種の種子を植えるケニア農業畜産研究機構スタッフ WORLD COFFEE RESEARCH

2022年に立ち上げられたイノベアのプロジェクトでは、試験栽培の結果を基に選ばれた品種を交配させて新しい品種を作成。そこから得られた合計5000粒の種子を、ケニア、ルワンダ、ウガンダ、インド、インドネシア、コスタリカ、メキシコ、ペルー、ハワイ(アメリカ)の公的研究機関に託した。今年からその試験栽培が始まっている。

イノベアの特筆すべき点は、活動の規模が大きいこと、そして世界のコーヒー産地が協力していることだ。WCRのバーン・ロングCEOが言うように、市場で競争関係にある国々も協力の重要性を理解し、農作物の遺伝子を国外に送ることを受け入れている。


今から6年後くらいには、試験栽培された木が成長して、数回の収穫が終わっているはずだ。好ましくない点が明らかになる木もあるだろうが、「収穫高が多く、病気に強くて味もいい」木も見つかるだろうと、ロングは言う。

そうした木の試験栽培を継続したり、さらに交配を重ねて、もっと優れた品種の開発を目指したりすることになる。

ただし、新しい品種の開発により、問題が全て解決するわけではない。コーヒー産地の気温が上昇するのに伴い、栽培法の工夫や土壌の改良も必要になると、コーヒーなどの熱帯作物の歴史を研究しているゲルフ大学(カナダ)のスチュアート・マコック教授は指摘する。

南米エルサルバドルの試験栽培場で交配作業を行うスタッフ WORLD COFFEE RESEARCH

世界のコーヒー生産高の60%は、1250万の小規模農家が担っている。ところが、業界団体「ケニア・コーヒープラットフォーム」の2018年の調査によると、ケニアの小規模コーヒー農家の中でコーヒー栽培によって「生計を立てられる収入」を得ている農家は49%にすぎない。

ケニアのコーヒー生産高は、1980年代の最盛期に比べると半分以下に落ち込んでいる。その一因は、若い世代の農家がマカダミアナッツやアボカドなど、もっと儲かる農作物に転向したり、不動産開発業者に土地を売って農業をやめてしまったりしたことにある。


幸い、ンギブイニは、生産したコーヒー豆(高い品質を評価されて賞を受けたこともある)のほとんどを専門業者に高い価格で販売できている。それでも理想を言うとすれば、害虫に強く、品質の安定性が高い品種を栽培したいと思っている。

そのような品種は、まだ存在しない。しかしイノベアの活動が目標を達成すれば、ンギブイニはもっと自分の理想に近い品種を栽培できるようになる。そして、世界のコーヒー愛好家の毎朝の1杯が守られる......かもしれない。

This article by Grist (https://grist.org) is published here as part of the global journalism collaboration Covering Climate Now.

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