AIカメラやマルチ監視ユニットを活用した排水ポンプ監視盤の遠隔監視システム Newsweek Japan
<電車の遅延や運休を引き起こす大雨被害に、AIが新たな対策をもたらしている。JR武蔵野線が導入した遠隔監視システムは、AIカメラによるリアルタイム監視で、豪雨時の迅速な対応を可能にした>
地球規模で温暖化が進行する現在、日本も2023年の年平均気温は観測史上最高を記録し、猛暑日(最高気温35℃以上)の年間日数も増加傾向にある。温暖化は降雨パターンにも影響を及ぼし、1時間の降水量が50ミリを超える猛烈な雨の発生回数は、約30年前と比較して約1.4倍に増加している。記憶に新しい例としては、能登半島地震の被災地を襲った今年9月の奥能登豪雨災害が挙げられる。こうした大規模水災害が甚大な被害をもたらす現状は、読者にも鮮明に記憶されているだろう。
水害による影響を受けやすいインフラの一つが、通勤や物流を支える鉄道だ。近年、大雨による線路や駅舎への浸水、土石流の流入といった事例は枚挙にいとまがない。この問題に対応するため、JR東日本はパナソニック エレクトリックワークス社(以下、パナソニックEW社)と協力し、AIカメラやマルチ監視ユニットを活用した排水ポンプ監視盤の遠隔監視システムを導入。まずはJR武蔵野線の新小平駅にある排水ポンプ施設にて運用を開始した。このシステムは、異常を早期に検知し迅速な対応を可能にすることを目的としている。
2台のAIカメラ活用の監視システム
JR東日本八王子支社管内では、地面に浸透した雨水や湧水を一時的に貯める貯水槽と、許容量を超えた水を排出する路盤排水ポンプが11カ所に設置されている。その中でも多くの設備が集中するのが武蔵野線だ。同線は2020年6月の大雨により線路が冠水し、複数台の排水ポンプをフル稼働させても排水が追いつかず、46本の運休と最大316分の遅延を引き起こした経験を持つ。
JR東日本とパナソニックEW社は2017年、上野駅構内に設置したデジタルサイネージ付き分電盤を設置した共同開発をきっかけにパートナーシップを構築してきた。今回の遠隔監視システムの開発は、2021年にJR東日本が相談を持ちかけたことからスタート。共同で開発を推進し、新小平駅を含む武蔵野線内の3カ所で既に運用が始まっている。
導入されたシステムは、ポンプの稼働状況を表示する分電盤と排水槽の状況をAIカメラでリアルタイム監視する仕組み。またマルチ監視ユニットと呼ばれる装置もあり、分電盤内部に多回路エネルギーモニタが装着され、ポンプの電力量も常時計測する。これにより、満水や故障などの異常が発生した場合には、ランプで示される異常をAIカメラが解析し、担当者にメールで通知。添付された画像とエネルギーモニタのデータを基に、遠隔地からでも異常の内容を推測できる。
分電盤の状況を監視するAIカメラ こちらは排水槽の状況を監視JR東日本 八王子支社 八王子電力設備技術センターの福原安志氏は次のように説明する。
「これまでは現場から異常が通報されても、満水なのか故障なのか内容が特定できず、技術部門のスタッフが現地で確認する必要がありました。しかし、今回のシステム導入により、遠隔地からでも異常の原因をある程度把握でき、仮設ポンプや修理の準備を整えて現場に向かうことが可能になりました」
融雪器の監視や動物の検知にも対応へ
システム導入以降、異常検知の事例はまだないが、もし発生した場合には、従来約3時間かかっていた修理時間を約1時間短縮できる見込みだ。また、従来は異常発生後1週間現地で経過観察を続けていたが、遠隔監視の導入により検査の省力化と品質向上、さらには働き方改革にもつながると期待されている。
さらに、システムでは「α(アルファ)」と呼ばれる統合管理ソフトを活用し、電力使用量や電流、電圧といった計測データを可視化。平常時と異常時の比較など詳細に情報確認でき、予防監視や予防保全への活用が可能となる。
加えて、クラウドサービスを活用した実証実験も進行中だ。パナソニックEW社 ソリューション事業本部エンジニアリング推進センター 村田康史氏は「クラウド化により、データ収集拠点が増えても一元管理が可能となり、運用の効率化が図れます」と、将来の展望を語る。
パナソニックEW社 ソリューション事業本部エンジニアリング推進センター 村田康史氏(左)とJR東日本 八王子支社 八王子電力設備技術センターの福原安志氏パナソニックEW社は、2025年にはこのシステムをパッケージ化し、融雪器など他設備の監視にも展開する計画だ。さらにAI機能を拡張し、動物の検知にも対応できる仕組みを目指している。2026年には事業化を見据えているという。
豪雨による水災害の増加が予測される中、鉄道インフラの安全確保は喫緊の課題である。こうした自然災害を完全に防ぐことは不可能だが、AI技術を活用することで被害を最小限に抑え、迅速な復旧を実現する。AIは我々の生活の安全性の向上に貢献するツールとして、今後ますますその存在感を高めていくだろう。
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