アーリーステージの決済スタートアップの間で、海外送金ははやりの分野になっている。暗号資産(仮想通貨)でさえ、越境取引の機会を狙う投資家から見直されている。
英金融データ会社FXCインテリジェンスの予測では、2023年の越境決済額は190兆ドルに達し、30年には290兆ドルに迫る。投資家はこの需要急増から利益を得ようと、この分野のアーリーステージ企業に資金を投じている。
もっとも、脚光を浴びているのは越境決済テックだけではない。
23年6月以降にアーリーステージ企業への投資額が多かった決済分野は、以下の通りだった。
・越境決済テック(インターネットを介して個人間で直接決済するP2Pプラットフォーム、企業向けプラットフォーム、インフラ&支援サービス)
・暗号決済支援(暗号資産による決済の受け入れ、暗号資産のウォレット)
・モバイルPOS(販売時点情報管理)
・決済オーケストレーション(様々な決済処理機能の調整と管理)
このリポートでは、CBインサイツのデータを活用してこの4つの分野の主な買収や提携、投資テーマをまとめ、トレンドについて調べた。
暗号資産、オープンバンキング、対話アプリ「ワッツアップ」、越境決済を円滑化
アーリーステージの越境決済テック企業による23年6月〜24年6月の資金調達額は計1億4900万ドル、調達件数は22件で、今回の分析で最も活発な分野だった。
今回の分析では、越境決済テックを3つの分野に分けた。
P2P越境決済プラットフォーム:異なる国の消費者間の直接送金を円滑化
企業向け越境決済プラットフォーム:企業によるグローバルな送受金を可能に
越境決済インフラ&支援:企業が自社サイトや決済プラットフォームを通じて世界で送受金できるようにする技術を提供
いずれの分野のシステムも、越境決済の迅速化と低コスト化に力を入れている。
注目は暗号資産を使った決済だ。24年2月のシードラウンドで650万ドルを調達した米コード(Code)は、暗号資産による最低5セントの越境「少額決済」に特化したアプリだ。一方、シンガポールのウインド(Wind)は、米ドルでの支払いを米ドルに連動するステーブルコイン「USDコイン(USDC)」に転換し、個人と企業双方の越境取引を可能にしている。
スピードを重視するシステムもある。英ロンドンに拠点を置くクレツコ(Crezco)はオープンバンキング技術を展開し、即時の越境決済を可能にしている。同社は23年11月のシリーズAで1200万ドルを調達した。クレツコは事業拡大に取り組んでおり、調達資金を新たな人員の採用に充てている。従業員は1年前に比べて71%増と、多くのP2P越境決済プラットフォームを上回っている。
自社システムを他社のプラットフォームに組み込み、越境取引を手軽にしている企業もある。米フェリックス(Felix)は中南米から米国への移民を対象に、米メタ傘下の対話アプリ「ワッツアップ」を介した送金システムを手掛ける。同社が24年1月に実施したシリーズAには、アルゼンチンの電子商取引(EC)大手メルカドリブレのベンチャー部門メルカドリブレ・ファンドも参加した。
投資家は多くの企業がひしめくこの分野で、特定の地域や顧客層の決済を円滑化するシステムにも注目している。例えば、インドのブリスクペ(BRISKPE)とアルゼンチンのタケノス(Takenos)は、フリーランス向けの送金サービスに力を入れている。両社とも24年にシードラウンドで資金を調達した。
暗号決済各社、消費者に注目
暗号資産を使った決済を可能にするアーリーステージ企業の23年6月〜24年6月の調達件数は10件、調達額は計4600万ドルに上った。これは投資家がデジタル通貨への投資に熱心になりつつあることを示す一例だ。10件のうち8件は、24年1〜6月期に実施された。
越境決済の利用が広がれば、デジタル通貨の普及も進む可能性がある。暗号資産などのデジタル通貨は国境を超えて移動し、ブロックチェーン(分散型台帳)技術は海外送金の妨げとなる物流上の問題を回避できるからだ。
今回の分析では、暗号決済の支援分野を2つに分けた。
暗号資産による決済の受け入れ:企業や消費者の暗号資産による決済の処理や通貨への転換を支援
暗号資産のウォレット:暗号資産を保管、管理、送金する安全で便利な手段を利用者に提供
加盟店が暗号資産を日々の決済手段として受け入れやすくする、ひいては消費者による暗号資産の利用を推進するアーリーステージのシステムはこの1年、投資家の注目を集めている。この分野のアーリーステージの最大のラウンドは、シンガポールの暗号決済受け入れ企業dtcペイ(dtcpay)が23年6月に実施したエンジェルラウンド(調達額1700万ドル)だった。同社はEC決済、リンク型決済、実店舗でのPOSなどオムニチャネル(実店舗とネットを融合した)システムを提供している。
シティペイ・アイオー(Citipay.io、ジョージア)のシステムにも実店舗でのPOSが盛り込まれている。同社は24年5月のシードラウンドで資金を調達し、23年3月には仮想通貨交換最大手バイナンスと提携した。これにより、シティペイの加盟店は様々な暗号資産による支払いを受け入れられるようになった。
暗号資産を取り巻く環境は総じて改善しつつある。価格は上昇し、主要企業の上場が相次いでいるほか、投資家や大手金融機関の関心も回復しつつある。同時に、規制当局は暗号資産やデジタル通貨が消費者にもたらすリスクに引き続き目を光らせている。
米証券取引委員会(SEC)は暗号資産の上場投資信託(ETF)を承認したが、普及に向けた残りのハードルは、より多くの消費者がデジタル通貨を使って実際に買い物するようになることだろう。越境決済の拡大は、暗号資産の普及を後押しする可能性がある。国境を越えた決済や送金が手軽にできるようになれば、海外から暗号資産で資金を受け取った人にそれを使うよう促せるからだ。
モバイルPOS、レジの柔軟性高める
アーリーステージのモバイルPOS企業6社の23年6月〜24年6月の調達額は計2500万ドルだった。
モバイルPOSシステムを導入している加盟店は、店舗のモバイル端末で支払いを受け付けることができる。
例えば、カナダのリーブ(Leav)は店舗側のハード端末と、買い物客が自分のモバイル端末で購入品を記録して決済できるアプリ「スキャン&ゴー」を連携させたモバイル販売プラットフォームを手掛ける。同社はセルフレジ市場で存在感を高めるため、23年12月のシードラウンドで200万ドルを調達した。
モバイルPOSはまずは中小の小売業者の間で広がり、今や大手小売りにとっても必須のシステムになっている。この分野のスタートアップのチャンスは広がっている。
一方、映像解析技術(コンピュータービジョン)を搭載した「レジなし」システムや、買い物客自身によるセルフレジなど、様々な精算方法の実験が進んでいる。店舗形態や精算環境によって消費者の好みは大きく異なるため、一つの方法が市場を支配する可能性は低い。フィンテック各社が様々な方法を提供しているのは、いずれ小売りに柔軟性をもたらせる良い状況といえるだろう。
決済オーケストレーション、新興市場のEC支援
アーリーステージの決済オーケストレーション6社による23年6月〜24年6月の調達額は計960万ドルだった。1件以外は全てシードまたはプレシードラウンドだった。
この分野の企業は決済ゲートウエー(代行)や銀行、不正防止など複数の決済処理機能を一つのソフトウエアに統合している。
主な投資家や決済大手はこの市場に狙いを定めている。インドのエックスペイ(xPay)は24年1月、米Yコンビネーターから転換社債で50万ドルを調達した。拠点は米国だが中東・北アフリカ向け事業を手掛けるマネーハッシュ(MoneyHash)は24年5月、中東・北アフリカのデジタル決済を改善し、安全性を高めるため、米ビザとの提携を発表した。
グローバルな商取引は増え続けているため、決済オーケストレーションのニーズは高まるだろう。決済処理大手の存在がまだ小さい新興市場のECの急成長は、新興勢にとって追い風になる。現に、この1年で資金を調達したアーリーステージ企業6社のうち、米国を拠点とする企業はわずか2社で、残りの4社はコロンビア、トルコ、インド勢だった。
まとめ
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