ボストン・レッドソックス所属の吉田正尚選手 USA TODAY Sports via Reuters Connect
<スタジアムの3塁側にある「グリーン」な建造物に注目が集まっている>
MLB(米大リーグ)のボストン・レッドソックスが本拠地を置くフェンウェイ・パークの名物といえば、「グリーン・モンスター」だ。左翼にそびえる高さ11.3メートルのこの巨大フェンスが阻んできた本塁打は数知れない。
近年は、もう1つの「グリーン」な建造物も注目されている。スタジアムの3塁側に広さ約450平方メートルの屋上農園「フェンウェイ・ファーム」が建設されたのだ。
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ここでは持続可能性のある農業を行い、年間2~3トンほどの有機農産物を生産している。レッドソックスのファンは球場内のレストランなどで、この屋上農園で収穫されたナスやニンジン、タマネギ、ピーマン、ビーツ、ケール、ミニトマトなどを堪能できる。
フェンウェイ・パークの屋上農園が担っている大きな役割の1つは、有機都市農業の可能性を広く周知することだ。
限られた人たちが細々と提唱していただけの有機都市農業は、この10年ほどの間に、多くの国で活発に議論されるテーマになった。一部の専門家によると、持続可能性のある有機都市農業は、大規模に実践されれば温室効果ガスの排出を大幅に減らすなど、数々の恩恵があるという。
有機都市農業は、2つの面で温室効果ガス排出量を減らす効果が期待できる。
第1に、有機農業では合成窒素肥料を使用しない。環境保護団体の天然資源保護協議会(NRDC)によると、このタイプの肥料を不使用にすれば、大ざっぱに言って農業による温室効果ガスの排出量を約20%削減できるという。
第2に、農産物の地産地消を推し進めれば、都市に貨物機やトラックで輸送する際に発生する温室効果ガスの量を減らせる可能性もある。農産物の輸送に伴う温室効果ガスは、家庭の温室効果ガス排出の約5%を占めている。
都市農業は、ヨーロッパやカナダなどの国々では既に実践され始めているが、アメリカは後れを取ってきた。フェンウェイ・ファームは、その状況を変えることを目指す取り組みの1つだ。
屋上農園「フェンウェイ・ファーム」で作物を育てるグリーンシティーグロワーズのスタッフ AP/AFLOこの屋上農園を運営するのは、グリーンシティーグロワーズという営利企業。持続可能性のある地産地消型の農業を推進することを目指す会社だ。現在、運営している都市農園は、一般住宅の庭や企業の敷地、公立学校の校庭など、アメリカ北東部で250カ所ほどに上る。
主なところでは、投資信託大手フィデリティ・インベストメンツのロードアイランド州スミスフィールドのオフィス敷地内に造った約6500平方メートルの農園や、自然食品系スーパーマーケット、ホールフーズ・マーケットのマサチューセッツ州リンフィールドの店舗に設けた超大型の屋上農園、ボストン地区の公立学校53校に開設した教育用の農園などを手がけている。
「野菜を育てるのは命を育てること」と語る共同創業者のバンヘーゼル CHRISTOPHER EVANSーMEDIANEWS GROUPーBOSTON HERALD/GETTY IMAGESフェンウェイ・パークの屋上農園は、同社が掲げる使命、すなわち植物の好ましい力を都市住民に知ってもらうことに沿ったものと言える。
「毎年膨大な数の観客がこのスタジアムを訪れる」と、社長のクリス・グララートは言う。「屋上農園を実際に見て驚くことが素晴らしい学習体験になる。こんなことが可能なのだと知る機会になるから」
現代農業で失われたもの
グリーンシティーグロワーズの始まりは2008年。当時24歳だった共同創業者のジェシー・バンヘーゼルは、テレビのリアリティー番組の制作アシスタントをしていたが、もっとやりがいのある仕事に就きたいと考え、仕事を辞めて親元に戻っていた。
するとある日、もう1人の共同創業者である大学時代の友人ガブリエル・エルデ・コーエンから電話があった。「裏庭農園ビジネス」を一緒に立ち上げないかとのことで、マイケル・ポーランの著書『雑食動物のジレンマ』(邦訳・東洋経済新報社)を薦められた。
この本がバンヘーゼルの人生を変えた。ポーランによれば、第2次大戦後に、大型トラクターや合成窒素肥料など数々の技術的イノベーションに牽引されて現代農業が台頭したことにより、農業生産が飛躍的に増加した。ただし、現代農業の発展は化石燃料や農薬に大きく依存する中央集権的な食料生産につながり、消費者を生産地から遠ざけることにもなった。
「オーガニック食品を食べることの価値を理解してもらうというアイデアは、とても魅力的だった。私たちにとっても私たちの社会にとってもいいことだから」と、バンヘーゼルは本誌に語った。
「広いスペースがあるのに全く活用されていないという気付きもそう。野菜を育てるのは命を育てること、人々が生きるために消費可能なものを育てること。リアリティー番組の仕事とは正反対だった」
バンヘーゼルとエルデ・コーエンは、チラシを配り、地元の農産物市場にテーブルを並べ始めた。裏庭や車道、農道、市街地の土地などの小さなスペースにプランターや苗床の設置を提案し、ほぼ1週間ごとに(収穫物のサイズにより異なる)手入れをした。
地元のグルメ雑誌で特集されたことをきっかけに、スタッフの福利厚生の一環として農園を始めたいと考えていた医療保険会社ハーバード・ピルグリム・ヘルスケアやレストラン・チェーンのBグッドなど、最初の企業クライアントの注目を集めた。14年には、新興企業支援プログラムを通じて知り合ったレッドソックスの共同オーナー、リンダ・ピズッティ・ヘンリーに屋上農園のアイデアを売り込んだ。
未来に向けた「橋頭堡」
バンヘーゼルは事業の参考にするため、海外に目を向けた。19年には、5週間の国際交流プログラムの一環としてスウェーデン、ドイツ、フランスの8都市で50の団体と会い、最適な事例を集めた。
ベルリンでは約65平方キロの公共公園スペースを市民農園に使っていた。スウェーデンのイエーテボリとマルメは市有地に温室とフェンス、給水設備を設置して都市型農家の新規参入を促し、今では2850ヘクタールの土地に200の農場が出来た。パリでは100ヘクタールの屋上や壁面などを緑地に転換。約3分の1を都市農業に割り当てた結果、19年までに60以上の農業団体が誕生した。
世界人口に占める都市住民の割合は50年までに50%から70%に増加するとみられ、都市農業が注目を集めている。世界190以上の都市が、持続可能で復元力に富む都市食料システムの構築を目指す都市食料政策ミラノ協定(MUFPP)に署名している。
ブルキナファソの都市ボボ・ディウラッソでは、1991~2013年に地表面温度が年平均約6%上昇した。市当局はその対策として、都市の空き地でアグロフォレストリー(森林農業)事業を推進。果樹や野菜を植え、参加世帯に収穫させている。カナダのトロントでは「樹冠倍増計画」の一環として、家庭菜園だけでなく地域の果樹園や農園にも資金を援助している。
グリーンシティーグロワーズの現経営トップであるグララートは、ボストン都市圏出身で商業的農業の経験がある。アリゾナ砂漠の高地で大規模なリンゴ園を経営していたが、故郷に戻ろうと考えていた15年にグリーンシティーグロワーズを知り、投資を決意。やがて経営トップに就任すると、投資家を招き、事業拡大に乗り出した(バンヘーゼルは13年以上事業に携わった後、21年に株式を売却)。
分散型食料生産システムが農産物の主要供給源となり、全米の都市生活者が自分たちで自分の食料を育てられるようになる──グリーンシティーグロワーズはそんな未来に向けた「橋頭堡(きょうとうほ)」だと、グララートは考えている。
「グリーンシティーグロワーズは無数の人々とつながっている。毎年数万人が私たちの農園で働いている。私たちは毎週200カ所以上の農園に教育係を派遣し、有機農園と人々をつないでいる」
このトレンドが続けば、都市農園は今後数年、米食品産業のグリーン化に今以上に貢献できる可能性がある。「分散型農業は将来、さらに大きな役割を果たす」と、グララートは言う。「どんな形になるのか、まだ正確には分からない。ともかく、消費者と社会はそれを求めている」
経営学者ヨーゼフ・シュンペ-ターは今までにない組み合わせ「新結合(ニューコンビネーション)」がイノベーションを生むと提唱したが、この農園はその好例だ。都市と農業を組み合わせることで循環経済の一助になるし、輸送コストを下げてCO2も減らせるメリットも生まれた。土地の値段が高い都市で新たな土地の取得を目指さず、球場の屋上など実質「タダ」だった空間を活用していることもポイント。農業ビジネスの課題は結局、輸送コストに加え需給が読みづらくなる情報コストにある。この点や農業そのもののノウハウを持つプロが「地元で作った」というプレミアムを生かして近場のレストランなどに売るスタイルは、日本でも例えば雑居ビルの屋上を活用してもっと増やしていけるのではないか。
──解説:入山章栄(早稲田大学大学院経営管理研究科、早稲田大学ビジネススクール教授)
It combines so much that I love & believe in: Local food, Green roofs, Supporting local entrepreneurs, Sports, Urban farming. Fenway Farms is now 5 yrs old. This Field of Greens produces over 6,000 lbs of organic food/yr in a 100 yr old city ballpark. Thx @jennyj33 for the video pic.twitter.com/5r2TAzwuxC
— Linda Pizzuti Henry (@Linda_Pizzuti) August 25, 2019
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