二輪車用のシートに始まり、日本にマイカーブームが巻き起こる前から四輪車のシートを手がけてきたテイ・エス テックが今、100年に一度と言われる変革期を迎えているクルマとどう向き合い、チャレンジをしていくのか。そんな世界を垣間見ることができる「次世代車室内空間発表会2024」が、11月8日に東京国際フォーラムで行われた。

冒頭の挨拶で開発・技術本部長の鳥羽英二氏は、「電動化、自動運転、SDV(ソフトウェア・デファインド・ビークル)など、ソフトウェアの重要性が増し、持続可能な社会の実現に向けたサステナブルな製品づくりといった、従来とは異なる考え方や価値観が求められている。車室内空間にも、これまでなかった発想や新たな価値を提案できる機会が訪れていると考えている」と語り、実車の中にさまざまな新技術やアイディアを具現化した、3つのコンセプトモデルをはじめとする次世代商品を紹介した。

快適便利なミニバン空間「ファミリーコンフォートキャビン」

まずは、家族での移動時間をもっと快適に、みんなが“うれしい”ミニバン空間をコンセプトとし、多彩な先進技術を融合した「ファミリーコンフォートキャビン」。広い室内に、見るからにゆったりと座れそうな4つのシートが置かれていて、居心地がよさそうだと感じる。ロングスライドレールや横スライド機構を搭載し、シート間の協調制御によって限られた車室内でも豊富なシートアレンジを可能としている。とくに、前席がくるりと全自動で回転する「対面モード」には注目だ。センターピラー構造のミニバンにおいてドアを閉めた状態で自動の対面モードを実現するのは難しく、世界でもトップレベルの技術を要するという。

テイ・エス テック「ファミリーコンフォートキャビン」

さっそく実車で体験させてもらうべく、運転席に座った。やさしく身体を包み込んでくれるような心地よさで、ハンドルを握っていてもホッとリラックスできそうなシートだ。真横に並ぶ助手席との距離や、後席を振り返った時の視界も広々としている。そこから、最初に試したのは「ジグザグモード」。これは運転席から半分ほど助手席が下がり、後席も右側よりも左側が少し下がることで、4座が互い違いの位置で座れるようになっている。開発を率いた商品開発部の富岡光太郎氏は、「ミニバンに家族で乗っている時に、よく後席の子どもから『ティッシュ取って』などと言われると思います。そんな時にこのジグザグモードだと手渡しがしやすいですよね」と語る。確かに、お菓子やおもちゃなどいろんなものを子どもに渡そうと、運転席から不自然な体勢になりながら苦労した記憶がよみがえった。またこれなら、親としては後席の子どもの様子が見やすく、子どもからは親の姿が見えて安心できるのもありがたい。

テイ・エス テック「ファミリーコンフォートキャビン」のジグザグモード

次は、早くからシートのセンシング機能の開発を進めてきたテイ・エス テックが新たに提案する「ヘルスケア機能」を体験。これはエアセルやヒーターを使い、健康サポートを行う機能で、腰や背中をポコポコと押してくれたりじんわりと温めてくれて、リラクゼーションサロンにいるみたいだ。オットマンや背もたれの中折れ機構で飛行機のファーストクラスのように身体をラクな姿勢にしてくれる「リラックス機能」は、移動の疲れを癒してパワーチャージし、目的地で思いっきり楽しめるようにという思いから生まれたという。

そして一度降車し、「対面モード」にしてもらうと、ロングスライドをいっぱいまで使いながら、くるりと器用に回転する前席に思わず拍手。ほどよい距離感で向き合って座るだけで、楽しい気分になってくる。真ん中に折りたたみテーブルなどを広げれば、どこでもリビングルームに早替わりしそうだ。このほか、後席が回転してバックドアを開けて座る「ピクニックモード」や、内蔵されたセンサーを使って、シートをコントローラー代わりにゲームが楽しめる「ゲームコントロール機能」も搭載されている。

「ファミリーコンフォートキャビン」を対面モードに変更中。スライド機能を駆使し、Bピラーも避けながら器用に回転

こうした機能は、日頃からミニバンで「これができたらいいのに」と感じてきた不満や要望を、新しい技術を使って具現化してみようというところから企画がスタートしたという。サービスエリアに寄っても混んでいて食べるところがないときに、車内で対面で食べられたらいいのに。渋滞の中を運転してようやく現地に到着したら、疲れを回復できる機能があったらいいのに。生理痛に悩む女性や長時間の移動で退屈してしまう子どもを、なんとか快適にしてあげたい。自然の中で手軽にレジャーシートを広げるように、非日常の体験で喜ばせてあげたい。そういった想いがこの「ファミリーコンフォートキャビン」に注がれていると感じた。「子どものために購入するミニバンかもしれませんが、子どもファーストなだけではなくて、大人もケアしてあげられる車室内空間にしたかったんです。出かけた先でサテライト基地のような使い方だったり、サッカーなど子どもの習い事の時に休憩所のように使ったり、もっとミニバンを自由に楽しんでもらえたらいいなと思っています」(富岡さん)。

「ファミリーコンフォートキャビン」の開発を手がけた、テイ・エス テック 商品開発部の富岡光太郎氏

子育てを支える「チャイルドファンキャビン」

次は、子どもの成長に合わせて使い方が変化する、「あったらいいな」が詰まった子育てサポート軽空間をコンセプトとした「チャイルドファンキャビン」へ。こちらは一見するとすでに市販化されているのではと思うような、見慣れた車室内空間が広がっているが、実は子どもから大人まであると嬉しい10個もの便利機能が搭載されており、多彩な機能を組み合わせることでさまざまな空間に変化するという。

テイ・エス テック「チャイルドファンキャビン」

開発を率いた商品開発部の押野優汰氏が、「実際に子どもが生まれたばかりの社員が、子育てをする中で、“自動車を使用していて困ったことがあった”と言っていたのがこの開発をスタートするきっかけでした」と語るとおり、開発には実際に子育て経験のある社員が加わるなど、リアルな視点が生かされていることがわかる。

たとえば、“雨の日にオムツ替えをする場所がない”問題。後席で行おうとしても、自分が入る隙間がなくて四苦八苦した経験があるが、「チャイルドファンキャビン」では助手席の背もたれが倒れ、座面とフラットになることで「子育て空間」を実現。子どもを寝かせても自分が座るスペースが取れるアイディアに、ありそうでなかった機能だと感心した。これなら、子どもと荷物を持って雨の日に外へ出なくても、車室内でお世話ができて大助かりだ。

座面を倒すとフラットになる助手席。オムツ替えをする時にも便利な“子育て空間”

また、上の子の習い事の待ち時間に下の子をどうやって飽きさせずに過ごさせるか。毎回苦労しているパパ、ママをたくさん見かけるが、後席にしっかりとした折りたたみテーブルが備わり、座面が持ち上がって高くなることで、小柄な子どもがテーブルにちょうどいい高さで座ることができるようになる「勉強空間」も新しい提案だ。お絵描きをしたり、宿題をやったり、もちろん飲食をする際にもテーブルが使いやすくなっている。これも、後席の見た目はまったく変わらないにもかかわらず、レバー操作で簡単に高さが変えられることに驚いた。ドライブ中によく子どもに「外が見えない」と言われることがあり、これならアイポイントが高くなるからもっと子どもも景色を楽しめるだろうなと感じる。

レバーで高さが変えられるリアシート。外の景色が見やすく、勉強空間にもなる

さらに後席は両肘にアームレストが備わり、なんとアームレストが回転して幅の広さを変えられるアイディアに脱帽。どんどん重くなる子どもを車室内で授乳させると腕が痺れて辛かった記憶があるが、これならラクになるはずだ。スマホやタブレット操作をする時にも嬉しい機能である。運転席と助手席の間には、ちょっとしたテーブルにも使え、リッドをスライドさせると後席からも届く位置にくるというセンターコンソールも搭載。ここでも、前席からお菓子などを後席に手渡しやすくなる工夫があった。

そして、すべてのシートがフルフラットになるアレンジは、無駄な隙間もなくすぐに寝転がれる魅力的な広々空間。靴を脱いで家族みんなでくつろいだり、車中泊が好きな人にもぴったりなはずだ。ただ開発において難しかったのは、「フルフラットになって停車中の使い勝手がよくなることも大事ですが、やはりクルマは走る時の安全性や快適性も犠牲にできないので、その2つを両立させるところに苦労しました」と押野さん。また、「子どもから大人まですべての人にやさしい」を実現するのも難しかった点だという。社員のお子さんやご家族の方にも意見をもらいながら、検証を繰り返してブラッシュアップしていった。リアシートのアレンジなども、現行の機構を生かしたままプラスαの機能をシートに持たせるという、大きなチャレンジがこの「チャイルドファンキャビン」につながったのだと感じた。

「チャイルドファンキャビン」の開発を手がけた、テイ・エス テック 商品開発部の押野優汰氏

斬新な機能が満載の「Zジェネレーションキャビン」

最後に、発想の殻を破るプロジェクトから誕生した6人の“Z世代”からの提案が炸裂している「Zジェネレーションキャビン」。これは乗り込む前からワクワクする、今までに見たことのないユニークな車室内空間となっている。若い世代が自分たちの価値観で欲しい空間を考え、みんなでよろこびを分ち合う「フレンドシップモード」と、自分をもっと好きになれる「ウームモード」が目玉機能だが、開発チームの前川さんは「企画にあたっていろんなアイディア出しをする中で、これは人間の本質を考える作業でもあると感じました」と振り返る。Z世代の多くは、社会に適応する表の自分と、誰にも見せない内側の自分を持っていて、どちらの時間も大事にしているところから、2つのモードが実現したという。

「Zジェネレーションキャビン」の開発を手がけた、テイ・エス テック 商品開発部の前川貴一氏

スマートフォンを車室内に“セットする”ことで、自分とクルマが一体になる感覚を持たせたり、後ろを向くためにシートをくり抜くという斬新な発想が面白い。「1つの空間をみんなで楽しむためには、シートが壁を作ってしまっていることに気づいたんです」と前川さん。小柄な人から大柄な人まで、誰もがちょうどいい高さをつくるのが大変だったという。アイランドテーブルでは1つの画面で行き先をみんなでワイワイ話し合ったり、運転中でもみんなの表情が見えるクルービジョンなど、同じ時間を共有するためのアイディアが満載だ。

「Zジェネレーションキャビン」のアイランドテーブル

そして子宮を意味する「ウームモード」は、普段はドアに格納されている抱っこクッションを抱え、足をフットレストに乗せるとだんだん上昇して胎児のような体勢に。背後から頭を覆うキャノピーが出てきて「よくがんばったね」などとキュートなキャラクターがやさしい言葉をかけてくれる。昭和世代は押し入れに閉じこもったものだが、こんなに至れり尽くせりの癒し空間はぜひとも早く商品化してほしい。

「Zジェネレーションキャビン」のウームモード

このほか、SDG'sへの取り組みもあり、少ない部品でより心地よい風を送る「高効率ベンチレーションシート」や、座るだけで姿勢改善のアドバイスをしてくれる「ヘルスケアシート」、心拍に応じた振動刺激で安全運転や楽しいドライブをサポートする「心拍提示振動シート」、体動や心拍などから疲労度をモニタリングできる「疲労度推定AIシート」など、新しい価値に心躍るシートがずらり並んだテイ・エス テックの「次世代車室内空間発表会2024」。全体を通してまだまだクルマは便利になり、人にやさしくなり、ドライブが楽しい未来が待っていると、大きな希望を感じることができた。開発者の皆さんの熱い想いにも触れ、今後テイ・エス テックがどんな製品を世に出してくれるのか、注目していきたい。

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