女子やり投世界陸上金メダリストの北口榛花(26、JAL)はゴールデングランプリ(以下GGP)を、パリ五輪への重要なステップと位置付けている。
GGPはワールドアスレティックスコンチネンタルツアーの中でも、14大会のみに与えられた「ゴールド」ランクの競技会。今年は東京五輪会場だった国立競技場で5月19日に開催される。女子やり投は金メダルの北口を筆頭に、昨年の世界陸上ブダペスト大会のメダリスト3人全員が出場。パリ五輪前哨戦の様相を呈しているが、北口はシーズン2戦までで判明した課題の解決に全力を尽くす。それがパリ五輪の金メダルにつながる。

勝敗よりも課題への対応を優先

GGPの目標を問われた北口は、「勝てるものなら勝ちたいですけど」と前置きした上で、次のように抱負を話した。

「シーズンに入って自分の体が思い通りに動いている感じがないので、まずはその部分を改善していきたいと思っています。2戦目の水戸のあと2週間でGGPなので、スピードアップやパワーアップという部分はできないので、自分の(柔軟性を出すなどの)コンディショニングの部分に力を入れて2週間を過ごしていきます」

シーズンインしてダイヤモンドリーグ(DL)蘇州大会(4月27日)、水戸招待(5月5日)と2試合に出場。DL蘇州はGGPと同様に、金メダルの北口、銀メダルのフロル・デニス・ルイス・ウルタド(33、コロンビア)、銅メダルのマッケンジー・リトル(27、豪州)、と、昨年の世界陸上ブダペストのメダリスト3人が揃った。北口が6投目に62m97を投げ、ブダペストと同様に最終投てきで逆転優勝した。

水戸招待は国内選手だけの戦いで、1投目の60m98でトップに立つと、5回目に上田百寧(24、ゼンリン)に60m38と迫られたが、やはり6回目に61m38と記録を伸ばして優勝した。蘇州では「(4回目まで記録が悪すぎて)必死に投げるしかなかった」が、それに比べれば水戸は、「今のこうだった、っていうのを考えながら試合ができました。ようやく頭が動き出した」と感じられた。しかし頭で考えることはできても、「“ああしたい、こうしたい”と考え事をして動きがちょっと止まる感じになってしまった」という。

これらの問題点は大半が「体が思ったように動かない」ことに起因していた。だからGGPでのメダリスト対決に勝つことよりも、技術的な課題を優先する。「そっち(体が思うように動いていないことを解決するための対策)を優先しないとあとあと大変なことになると感じています。勝つこともすごく大事ですが、本番はパリ五輪なので」と、足元を冷静に見つめてGGPに臨む。

武器である柔軟性を優先した投げ方に仕上げるために

体を思うように動かせない原因として、シーズンに入っても(ハードな)ウェイトトレーニングを行っていることに問題がある、と北口は判断した。冬期練習ではウェイトトレーニングを多く行い、筋力とスピードアップに取り組んだ。筋力がアップすれば、普通に考えればやりに加えられる力は大きくなる。3月や4月に自己記録やシーズンベストを投げる選手は、冬期の筋力トレーニングの影響が大きいとも言える。だが北口はやり投を始めた頃から、筋力よりも体の柔軟性を生かした投げをしてきた。上体の反りや肩甲骨の可動域が世界トップ選手の中でも大きく、やりに長く力を加えられる。

北口も冬期練習期間は前述のように筋力アップのために、かなりの時間をかけている。しかし試合期に入っても筋力トレーニングを追い込んで行うと、投げの動作の中で柔軟性を出せなくなってしまう。今季の2試合でもそれが感じられた。
実は昨年も、シーズン序盤で同じ問題を感じていた。6月の日本選手権が59m92にとどまり2位、斉藤真理菜(28、スズキ)に敗れた。そこからウェイトトレーニングでの追い込み方を抑え、柔軟性や姿勢をより強調するトレーニングを行い、1週間後のDLパリ大会に65m09で優勝した。

北口のやり投の記録には、筋力とは別の要素が大きく影響している。それを証明しているデータがある。

ヨーロッパの陸上界には、やり投の記録と筋力トレーニングの数値の比較表がある。65mを投げるにはスナッチが何kg、スクワットが何kg、デッドリフトが何kg、ベンチプレスが何kgと、目安の数値が示されている。北口は19年からチェコを拠点にトレーニングをしているが、それ以前に、フィンランドで合宿した際にそのデータを見せられた。

「私はだいたい55mから60mくらいの選手の数値しかないんです。一番低いのは50mくらいの数値でしたね(笑)。私はまったく当てはまらなくて、今はもう気にしていません」

北口が世界トップクラスでも、普通の投てき選手とは異なるタイプであることを示している。

昨シーズンの北口はDLパリ大会以降、DLローザンヌ大会とチェコ国内の規模の小さい大会の2試合で負けただけで、世界陸上を筆頭に、世界の強豪がそろうDLでも勝ち続けた。今季もその流れに、できるだけ早く持っていきたい。

「去年は短期間で柔軟性を生かした投げに変えられましたが、柔軟性もそのときどきの状態によって度合いが違います。一瞬で軟らかくなるものでもないですし、柔軟性がパッと出るとケガをすることもある。簡単ではないと感じています」

だからこそ、早めにその方向に持っていく必要がある。昨年の記録的なピークは67m38の日本記録を投げた、9月のDLブリュッセル大会だった。早めに体を思い通りに動かせる状態にして、試合に出ながら修正を加えていく必要がある。

観戦者には残念ながら、上体の反り方が大きかったかどうかまではわからない。わかりやすいのは、欧米の選手の中に入っても、感情表現が一番豊かと言われている北口の表情だ。投てき後に北口の笑顔が一段と輝いたとき、柔軟性を生かした投てき動作ができている。

(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)

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