11日に終了したパリオリンピック™。海外開催では最多となる20個の金メダルを獲得した日本選手団の中でスタートダッシュに貢献したのが金3個の柔道だ。競技最後の男女混合団体は決勝で開催国フランスに逆転負けして2大会連続の銀メダルに終わったが、個人戦14階級では参加国中で最多の優勝者を出し、「お家芸」の面目を保った。
金メダルを取った3人は個人戦でいずれも素晴らしい試合を披露した。2連覇を果たした男子66キロ級の阿部一二三(パーク24)は、初戦の2回戦から得意の担ぎ技を炸裂させた。決勝の合わせ技を含めて4試合全てで、相手を投げ飛ばして勝った。
同じ日に女子52キロ級で妹の詩(パーク24)が2回戦でよもやの一本負け。動揺があるか、と思ったが、「妹が負けて、自分もすごく苦しい1日だった。でも、妹の分まで兄として頑張らないと、という気持ちで頑張った」と、エースの役割を十分に果たした。
競技初日の大会2日目、日本選手団の金メダル第1号となったのが48キロ級の角田夏実(SBC湘南美容外科クリニック)だ。得意の巴投げと腕ひしぎ十字固めが面白いように決まった。準決勝こそ、若手の18歳バブルフェス(スウェーデン)の粘りに合い、技では決めきれず指導3を奪っての反則勝ちになったが、他の4試合は圧勝だった。
試合後は「まだ、実感がないが、辞めなくてよかった」と語った。31歳11か月は、前回東京での濱田尚里(女子78キロ級)の30歳10か月を上回り、歴代の柔道代表で最年長金メダリスト。遅咲きの女王は爽やかなうれし涙を流した。
その2人は「超人的な強さ」と言ってよかった。今月9日に27歳になった阿部は、鍛え抜かれた肉体で低い体勢から相手を腕と腰で釣り上げるパワーがすさまじい。肩周りの筋肉の軟らかさも重なり、お互いに組み合う相手と両袖を絞りあった体勢から袖釣り込み腰や大外刈りも決める。腰を引いてくる相手が多い外国人選手でも逃さずに仕留めた。
一方の角田は柔術の稽古で身に着けた関節技も必殺だが、両手両足で相手を持ち上げてからコントロールする巴投げが格段の出来だった。巴投げは元々、柔道を代表する技だが、このところの国際大会では自分から体を捨てて背中を畳に着けるため、審判員に「相手に投げられた」と判断されることもあり、使う選手が減っていた。角田の活躍で今後、この技がまた増えていくかも知れない。
だが、2016年リオデジャネイロ、21年東京で2連覇した大野将平(男子73キロ級)が常々、「最強」と称えていたのが、3人目の金メダリストである男子81キロ級の永瀬貴規(旭化成)だ。00年のシドニーから現在の体重区分になって以降、この階級では初の2連覇を達成。リオの銅と合わせて3大会連続のメダルを手にした。
「リオは五輪初出場で若さと勢いで突き進んだ。東京はリオのリベンジで挑んだ。今回は東京の経験を活かしつつ、連覇に挑戦する大会」と話していた30歳。「東京の時と比べると体の疲労が増えた。そのケアをしながら柔道に向き合ってきた」という。戦いぶりはその言葉通りに力やスタミナに頼らず、相手の出方を見て対処するまさに「柔良く、剛を制す」だった。
初戦から相手の力をまともに受けないように、足技から崩していく。けんけんでの大内刈りから内股。そして寝技で抑える。準決勝では前に出て来た相手の勢いを利用して振り回すような膝車で倒して寝技に。決勝のグリガラシビリ(ジョージア)戦がまた見事だった。相手は22年から3年連続の世界王者で、左変形。右組みの永瀬はけんか四つ。その組み方ではバランス的に相手が最も弱いと言われる踵の後ろ方向へ定石通りに攻めて、谷落とし2本。技ありと一本を奪って見せた。
柔道の技は相手のバランスを崩す「崩し」と、自分が投げる体勢を作る「作り」、そして最後に力を入れる「掛け」で成り立つ。この組み合わせは「崩し」が大きい方が「掛け」の力は小さくて済み、「崩し」がないと、「掛け」が大きくないと相手を投げることが出来ない。阿部の場合は「崩し」がなくても持っていける力があり、角田は「作り」の中で「崩し」の要素を加える。本来の「崩し」「作り」「掛け」を基本通りにこなし、技の効果を最大限に出しているのは、3人の中では永瀬が一番で間違いないだろう。
「昔は何も考えずに漠然と稽古をしていた。今はいろんな経験をして、『自分の何がダメなのか。こうしてみよう』とか、自分を客観的に見られるようになった。悩んでいることを言葉にすることで頭の中が整理され、『じゃあ、何をすれば』となる。幅を言うか、いろいろ考えられるようになった」
長崎市出身で6歳から柔道を始めた永瀬の小学生時代の夢は、「無敵の柔道家になる」だったという。「道場に住んでいる」と言われるほどの稽古好きは、3度目の五輪で日本柔道の神髄を見せて頂点に立った。阿部、角田は桁外れに強いが、その戦い方は常人にはなかなか真似できない。「崩し」を大切に、基本を守る永瀬の戦方こそ、日本柔道が世界に対してこれまで目指してきて、これからも向かっていく方向ではないか。
(竹園隆浩/スポーツライター)
※写真は左から永瀬選手、角田選手、阿部選手
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