パリ五輪陸上競技5日目の8月5日、男子棒高跳で新たな歴史が作られた。A.デュプランティス(24、スウェーデン)が6m25と、自身の持っていた世界記録を1cm更新した。
デュプランティスは5m70から跳び始めると、5m85、5m95、6m00と全て1回目で跳んでいった。6m00をデュプランティス以外は跳ぶことができず、その高さで五輪2連覇が決まった。バーを五輪記録(6m03)を上回る6m10に上げると、これも1回でクリア。6m25は2回失敗したが、最後のチャンスである3回目で見事に成功した。
S.ブブカ(ウクライナ)が人類初の6mを跳んだパリの地で、棒高跳の新たな歴史を刻んだ。

4歳からポールを握っていた棒高跳の申し子

20年2月の6m17に始まって今年4月の6m24まで、1cm刻みで8回の世界記録更新をやってのけてきた。そんなデュプランティスでも、今回の世界新達成は特別だったようだ。

「跳んだ瞬間がどれだけ素晴らしかったか、まだ実感がわかないんだ。まるで自分の意思が体を離れたような体験で、現実とは思えないようなものだった。今でも、バーを越えてから着地するまでの気持ちを説明するのは難しいんだ」

デュプランティスは父親が元棒高跳選手、母親が元混成競技の選手という家庭で育った。小さい頃からポールを手にし、「少なくとも4歳のときには棒高跳を始めたいた」とYouTubeの世界陸連チャンネルで語っている。公式記録としては8歳のシーズンの2007年に2m33を跳ぶと、以下のようにシーズンベストを残し続けて来た。

07年:2m33
08年:2m89
09年:3m20
10年:3m84
13年:4m15
14年:4m60
15年:5m30
16年:5m51
17年:5m90(U20世界記録)
18年:6m05(U20世界記録)
19年:6m00
20年:6m18(世界記録)
21年:6m10
22年:6m21(世界記録)
23年:6m23(世界記録)
24年:6m25(世界記録)

自己記録がまだ3m台、4m台の頃からオリンピックという舞台に憧れを持っていた。

「棒高跳選手にとって最高の舞台です。子供の頃からの最大の夢は、オリンピックで世界記録を破ることでした」

デュプランティスの両親はスタッド・ド・フランスのコーチボックスから、試技のたびにアドバイスをしていた。メダリスト会見でデュプランティスは、どんなアドバイスを受けたかを話している。

「(世界新記録の)最初の試技の後、母が良いアドバイスをしてくれたんだ。母はいつもsneak(重要なところにこっそり近づく、というニュアンスか)してくれる、特に助走の部分でね。そのアドバイスで重心を高く保ったまま、前に進む勢いを維持するようにした。その結果3回目の試技で、世界記録をクリアするための助走ができたのだと思う」

こうして8月5日の夜、棒高跳に最も愛された選手であるデュプランティスが、新たな歴史をパリでも刻んで見せた。

パリは鳥人ブブカが6m00を跳んだ場所

パリは38年前にも、棒高跳の歴史的な出来事が起きていた。陸上界のレジェンドの1人、S.ブブカ(ウクライナ)が人類初の6m00のバーをクリアしたのである。日本でも各テレビ局はその映像を何度も流し、活字メディアには“鳥人”の見出しが躍った。

ブブカはオリンピックこそ88年ソウル五輪しか勝っていないが、世界陸上は第1回大会の83年ヘルシンキから、97年のアテネ大会まで6連勝。世界記録も84年の5m85から94年の6m14まで17回も更新した。

1cm刻みで世界記録を更新していくことがブブカの代名詞にもなったが、パリで6m00を跳んだ時は、前年の5m94から一気に6cmもバーを上げた。好調を自覚していたからだと推測できるか、人類初6m台のチャンスを逃したくないと考えたのだろう。当時ブブカの力が突出していたが、他にも5m90台を跳んでいる選手もいた。

それがT.ビネロン(フランス)で84年の8月にローマで5m91を跳んでいる。もっとも、同じ試合でブブカも5m94を跳んだので、ビネロンが世界記録保持者だったのは数分か、十数分だった。

しかしブブカの世界記録更新街道を一度だけ止めたのがフランスの選手だった。そして14年に6m16と、20年ぶりにブブカの世界記録を更新したのもフランス人のR.ラビレニだった。だがラビレニは、活躍した期間こそ長かったが、セカンド記録は6m08だった。1cm刻みで世界記録を更新し続けるという点で、ブブカの後継者と言えるのがデュプランティスなのだ。

ブブカは世界で初めて5m90、6m00、6m10を跳んだ選手。6m20をすでにクリアしたデュプランティスが、6m30を達成しても不思議ではない。ブブカと同じ17回の記録更新を1cm単位で続けられれば、世界記録は6m33まで上がる。

(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)

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