パリ五輪陸上競技4日目の8月4日、男子100mの準決勝と決勝が行われた。
準決勝ではサニブラウン アブデル ハキーム(25、東レ)が9秒96の日本歴代2位をマークしたが、3組4位で決勝に進めなかった。従来の決勝に進めなかった最高記録は10秒00だが、今大会では9秒95を出しても準決勝を通過できないほど、男子100mのレベルが上がっている。
決勝はN.ライルズ(27、米国)が9秒79の自己新で金メダル。2位のK.トンプソン(23、ジャマイカ)も9秒79の同タイムの激戦だった。7位まで9秒8台、8位まで9秒台は同一レースでは過去最多人数だった。
過去最高レベルという評価もできたが、大会記録(9秒63=12年ロンドン五輪のウサイン・ボルト=ジャマイカ)とは少し開きがあった。男子100mの世界の状況と、日本勢の現状を考察した。

サニブラウンが感じた世界のレベル向上

準決勝レース後のインタビュー中のやりとりでのこと。「世界のトップとの距離は縮まっているでしょうか」と質問されたサニブラウンは、「そうですね、うーん」と少し考えてから続けた。

「縮まってるのは縮まってるんですけど、世界もどんどん先に行ってるんで、ちょっとずつ追いつくだけでは足りないな、と身に染みて感じました」

前述のように五輪でも世界陸上でも、準決勝を9秒台で走れば100%決勝に行くことができた。それが今回は、日本記録と同じ9秒95の選手が決勝に行けなかった。
さらに決勝でも、7位が9秒88、8位が9秒91と、着順別最高記録だった。五輪、世界陸上、ダイヤモンドリーグ、全米選手権などが9秒台が量産される大会だが、そのどの大会でも同一レースで8人が9秒台を出したことはなかった。

力のある選手は五輪&世界陸上の決勝で、気象条件が悪くなければシーズンベストを出す確率が高い。だが準決勝をいっぱいで通過する選手は、自己記録では9秒台を持っていても、決勝では記録が悪くなる。五輪&世界陸上の決勝で9秒台が最大で6人、4~5人が平均になっているのはそういう理由があるからだ。

話をサニブラウンに戻すと、「世界もどんどん先に行っている」と話したのは、この準決勝通過ラインがどんどん高くなっていることを指している。決勝の8人には米国3人、ジャマイカ2人と短距離2強の国が多く入っていた。L.M.ヤコブス(29、イタリア)は東京五輪金メダリストであるが、イタリア自体は短距離の強豪国とはいえない。残りの2人が南アフリカのA.シンビネ(30)とボツワナのL.テボゴ(21)で、4位のシンビネが9秒82、6位のテボゴが9秒86とナショナルレコードを出している。

入賞ラインの選手層は、短距離強豪国以外の選手が強くなったことで厚くなっている。

金メダルのレベルは上がっていない

サニブラウンはシーズンイン前のTBSのインタビューで、「目標は金メダルです。妥協案がメダル」と話していた。準決勝直後のテレビ取材でも、「目標は変わりますか」という質問に対し、「いや、そこに関しては変わってないです」と即答した。

「自分の競技人生、ここで終わりじゃないんで、この悔しさを胸にまたここから頑張っていければな、と思います」

準決勝突破ラインや下位入賞者のレベルは上がっているが、優勝記録は上がっていない。96年のアトランタ五輪以降の優勝記録は9秒84(96年アトランタ)、9秒87(00年シドニー)、9秒85(04年アテネ)、9秒69(08年北京)、9秒63(12年ロンドン)、9秒81(16年リオ)、9秒80(21年東京)と9秒87以下の記録が続いている。08年から3連勝したU.ボルト(ジャマイカ)が9秒58の世界記録保持者で、突出した存在だった。

ボルト以外の選手の優勝記録は9秒8前後が続いている。今大会でも9秒83のアジア記録を狙っていたサニブラウンにとって、目標にできない記録ではない。

サニブラウン以外の選手の頑張りが急務

日本の100mは当面、メダルを狙う役割はサニブラウンが担っていく。他の選手たちは準決勝突破ラインの9秒台前半を目指して行くが、そのレベルの選手が今年は結果を残せていない。

パリ五輪でも日本選手権1、2位の坂井隆一郎(27、大阪ガス)と東田旺洋(28、関彰商事)が、準決勝に進むことができなかった。17年以降に9秒台をマークした桐生祥秀(28、日本生命)、小池祐貴(29、住友電工)、山縣亮太(32、セイコー)、10秒01の多田修平(28、住友電工)、10秒02の栁田大輝(21、東洋大3年)は100mの代表入りができなかった(桐生と栁田は4×100mリレーの代表入り)。

サニブラウンはパリ五輪決勝の9秒96が6回目の9秒台だった。だが他の日本選手は9秒台が1回しか出していない。9秒台を国際大会でも出せるようにならないと、準決勝突破はできなくなっていることが、パリ五輪の結果で実証された。上記選手たちが復調して2回、3回と9秒台を出していかない限り、入賞レベルにおいては世界との差が開いて行ってしまう。

「レベル高いのはわかっていたので、そこで自分の走りをして最高のパフォーマンスをしないと通用しません。そこに1歩足りなかった。本当にこういう場所で、もっともっと出していかないといけない」

サニブラウンは悔しさを絞り出すように話したが、世界との差を痛感したのはサニブラウン以外の日本選手たちだった。

(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。