パリ五輪男子3000m障害代表の三浦龍司(22、SUBARU)は、この種目のパイオニア的存在だ。大学2年と若くして出場した21年東京五輪で7位に入賞。この種目で日本選手が入賞したのは史上初の快挙だった。予選では8分09秒92と日本記録も9秒も更新。パリ五輪では男子トラック個人種目初のメダルを目標にしている。
だが世界トップの選手層は今季、21年よりも分厚くなっている。前回以上の成績を挙げるだけでも大健闘だが、常識を覆してきた三浦がメダルに迫る可能性も。

世界の壁が厚くなった今シーズン

東京五輪のあった21年シーズン終了時の上位10人と、今シーズン現時点の上位11人(三浦が11位)を比較すると、

(1)記録のレベルが上昇
(2)メダリストたちの安定した強さ
(3)若手の台頭
(4)ナショナルレコードの多さ

など、興味深いことがいくつも判明した。

21年は世界リスト1位が8分07秒12なのに対し、今季は8分01秒36。5人が21年1位記録を上回っている。8番目の記録は21年の8分10秒21に対し、今季は8分09秒64と大きな差はないが、シーズンの折り返しということを考えると、この種目の充実ぶりは明らかだ。

中でも“2強”が圧倒的に強い。
東京五輪金メダリストのS.エル バカリ(28、モロッコ)は、22年世界陸上オレゴン、23年世界陸上ブダペストと金メダルを継続中。勝負強さはピカイチだ。記録では東京五輪銀メダルのL.ギルマ(23、エチオピア)が、昨年のDLパリ大会で7分52秒11の世界記録を樹立しリードしている。前回五輪の金銀メダリスト2人は、パリでもかなりの確率でメダル2個を持っていく、と見られている。

若手の台頭も表れている。東京五輪決勝を走った選手の中では、02年2月生まれの三浦が最年少だった。だが今季の上位10人の生年月日を見ると、三浦より若い選手が2人入っているし、00年以降に生まれた選手が5人を占めている。
さらに新興国の選手が増えていることも特徴だ。21年の上位10選手で自国のナショナルレコードを出したのは、8分09秒92の日本新を東京五輪予選で出した三浦だけだった。しかし今年の上位10選手では7位選手がチュニジア記録、8位選手がニュージーランド記録(オセアニア記録)、10位選手がインド記録をマークしている。エチオピア、ケニア勢以外も世界トップに躍進してきた。
三浦にとってはメダル争いをするライバルが、明らかに多くなっている。

三浦の強さの基礎となった幼少時の遊び体験

三浦にとって3000m障害は天職ともいえる種目である。1500m日本歴代3位(3分36秒59)の中距離のスピードと、障害を跳ぶ跳躍力を併せ持つ。障害に対して踏み切るとき、小刻みに足を合わせる選手が少なくないが、三浦はスピードを上げながら踏み切ることができる。着地後もバランスを崩さず、スムーズに走る動きに切り換えられる。

第31回浜田ロード(平成26年3月2日)

長距離に求められるスピード、持久力以外にも「体を自分の動かしたいように動かす能力が一番重要」だと三浦は感じている。その基礎ができた要因が、幼少時に地元(島根県浜田市)で遊び回った経験や、小中学生時代の浜田JAS(ジュニア陸上教室)でのトレーニングだったという。

「川遊びも木登りもよくやっていました。周りは全部山ですし、海も近かったですし、全部遊び場です。山、海、川、全部制覇しましたね。体を動かすことに関しては優れた環境でした」

浜田JASではハードル種目でも活躍した。地元の体操大会に出場し、跳び箱と縄跳びで優勝したこともあった。小学校5年の時の縄跳びのエピソードが残っている。

「二重跳びを何分間跳び続けられるか、という種目で大会記録の6分を出しました。ゾーンに入っていたのか、ひとりだけ永遠に跳んでいる感じでした。周り(役員や審判)の『早く終わらないかな』という雰囲気を感じてやめました。あと2分は跳べていたと思います」

帰省時

進学した洛南高は長距離・駅伝だけでなく、トラック&フィールド種目全体の強豪校。三浦は3000m障害に取り組み始めたが、動きづくりのためのドリルを丁寧に行った。8分39秒37と高校記録を30年ぶりに更新した。

順大入学後もそのスタイルは継続しながら、長い距離のトレーニングも取り入れ始めた。そして前日本記録保持者の岩水嘉孝ら、3000m障害の日本代表を多数生み出してきた順大のノウハウで練習した。
大学入学後の初戦で8分19秒37と、当時の日本歴代2位(学生記録、U20日本記録)で走ると、2年時には日本記録を3回更新。東京五輪で日本人初の入賞(7位)と、世界への階段を駆け上がった。その頃からすでに、パリ五輪ではメダルを目標にし始めていた。

普通に世界の中で戦うメンタルに

東京五輪翌年(22年)7月の世界陸上オレゴンは、惜しくも決勝進出を逃したが、ダイヤモンドリーグ(以下DL。単日開催の陸上競技会では世界最高レベルのシリーズ)の常連として活躍してきた。8月のDLローザンヌ、9月のDLチューリッヒともに4位という好成績を残した。そして昨年6月のDLパリ大会で8分09秒91と日本記録を0.01秒更新。世界記録を出したギルマには及ばなかったが、後半で順位を上げて2位でフィニッシュした。

「東京五輪は怖いもの知らずで出て入賞し、タイムも勢いで出た8分09秒でした。DLパリの日本記録更新は0.01秒でしたが、シーズン序盤の良くなかった走りから修正をして、持ち直して出すことができました。0.01秒でしたが厚みが増したと感じられましたね」

世界記録ペースのギルマは先行させ、自分が最大限に力を発揮できるペースで走り、終盤で減速した選手たちを抜いて2位を確保した。

昨年8月の世界陸上ブダペストでは6位と、東京五輪の順位を1つ上回った。

「東京五輪よりも1つ順位をステップアップすることができ、嬉しいというのが率直な気持ちですが、もうちょっと行けたんじゃないかな、という思いもあります」

9月にユージーンで行われたDLファイナルでは5位。完全に世界トップクラスの仲間入りを果たした。

前述のように今季の情勢は、三浦といえども入賞を逃す可能性もある。エル バカリとギルマに勝つとは言えない状況で、三浦も今年6月末の取材で「2人が抜けている」と話していた。

「しかし、2人以外の勢力図は変わっていないと思うので、レース展開で大どんでん返しもあるのかな、と思います」

ニューフェイスの台頭を認識していないわけではない。今季世界3位の8分02秒36を出しているA.セレム(22、ケニア)とは、DL転戦中に何度か会話をするようになっている。

「最近よく声をかけてくれます。近いところで競い合っている仲ですし、同じところを目指していますから、お互いに刺激になっているんじゃないかと思っています」

三浦は自然と、世界トップのグループで戦う意識になっている。選手層がどうなっているか、冷静に分析する発想自体がない。6月にはこうも話していた。

「(他の選手が調子を上げているとか)そういったところに正直、アンテナは張っていません。(自身も含め)それぞれが個人に集中していることだと思います」

特に構えるのでなく、自然に世界と戦うメンタルになっている。そこが世界と戦う上での三浦の大きな武器なのだ。世界の選手層がどんなに厚くなっていても、三浦は普通にメダル争いに加わっていく。

(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)

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