昨秋にベルギー・アントワープで行われた体操の世界選手権。男子種目別鉄棒決勝で、橋本大輝(セントラルスポーツ)は高難度の離れ技を華麗に決めた。パリ五輪に向けて取り組んできたF難度の「リューキン」。着地まで完璧に決めると、勝利を確信したように両腕を何度も振り上げた。15・233点。完勝だった。

「種目別で金を取るんだったら、やっぱりリューキンは必要だった」。個人総合と種目別鉄棒の2冠を達成した2021年東京五輪後、鉄棒で新たに取り入れたのがリューキンだった。ベースは東京五輪で披露したD難度の離れ技「伸身トカチェフ」だ。

後方回転の車輪で、体が上方にあるときにバーを押してから体を反り、次に体幹や股関節を一度屈曲。最後にバーから手を離しながら背中や肩、股関節まで伸ばす。これで、足先まで伸ばして前方回転しながらバーを越える動きを作る。バーを越える際に1回ひねりを加えると、難度が2段階上がってリューキンになる。

さらに、橋本はリューキンに入る直前にバーの上で片手を離して体をひねり、倒立を作るD難度の「アドラーハーフ」を行うという連続技に仕立てた。同様の連続技は、憧れの存在でもある内村航平さんが現役時代に取り組んだことがある。

リューキン単発ならば車輪の勢いなどを技の導入部で生かせる。しかし、連続技になれば「ほぼ止まってるような状態から一連の動きを全部自分で作らないといけない」。日本体操協会情報医科学アンチドーピング委員会研究部長で金沢大の山田哲准教授が、その難しさを解説する。

成功の秘訣は-。3月末まで在籍した順大の冨田洋之監督は「橋本は空中に出てからはうまい。ポイントはその前」という。特に注目するのが、アドラーハーフで行う倒立の角度だ。

バーの真上で倒立すると、勢いが失われて力任せになり、倒立が流れるとリューキンにつながる動作が正しくできない。「一番やりやすいのは、倒立から少し(手前に)ずれたところ」と冨田監督。試合などでの失敗を重ねながら、倒立がバーの真上に近くても、理想の位置を少し通過しても、微修正して決め切る対応力に磨きをかけてきた。冨田監督は「成功できる幅は広がってきている」と成長を口にする。

パリ五輪は3冠達成が目標と公言する。種目別鉄棒は言わずもがな、個人総合や団体総合でも大技を持つ意味は大きい。予選上位者が集まる組は、6種目の中で最終種目が鉄棒。リューキンは落下の危険をはらむ一方、成功させれば大きく点数を上積みできる。ライバルとの点差を勘案し、取捨選択することで勝利の確率を上げることができる。

14日に4連覇を達成した全日本選手権では、予選で連続技をきっちり成功。決勝は両腕がつったために回避したものの、直前練習では難なく決めた。心強い武器を手に、夏の大一番を見据えている。(小川寛太)

パリ五輪開幕まで17日であと100日。東京五輪から3年で迎える夏の祭典が迫ってきた。日本選手が温めている「勝利の秘策」に注目する。

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