Tang Yan Song-shutterstock

<EV大国の中国で不穏なニュースが...。そこから見える、日本人が知らない「EV普及のカギ」とは>

「走行距離が年2万キロ以上のEV(電気自動車)は自動車保険に入れません」

中国のニュースサイトをチェックしていて目についた見出しだ。

仕事柄、EVについてネットの情報を調べることが多いのだが、そうすると「EVオーナーのヤバすぎる末路」みたいな動画やまとめ記事ががんがんリコメンドされてくるようになってしまう。

その手のEV末路コンテンツの定番ネタの一つが自動車保険だ。EVは修理代が高いから自動車保険がバカ高に、購入者は涙目......といった話。高いのも嫌だが、保険に加入できないとなると死活問題だ。

というわけで、この件についていろいろ調べたり、聞いたりしている。中国の保険会社にとってEVは確かに悩みのタネで、保険料は高く設定せざるを得ない。それでもEV普及に協力するようにとの政府の圧力によって、さほど高額ではないのだとか。内燃車の2割程度高い水準に収まっているという。

この程度の違いならば、EVの走行コストの違いで十分に回収できる。中国においてEVの最大の魅力は走行コストの安さで、ガソリン車と比べると5分の1程度で済んでしまう。

確かにこれは自宅で充電したときの話であって、街中の公共充電ステーションの定価だとガソリン車とあまり変わらなくなる。だが、現在はメーカーや政府が出している補助金やら割引クーポンやらで、公共充電ステーションを使ってもお得なのだとか。

加えて中国EV最大手のBYDは今年、「内燃車よりEVのほうが安い」をキャッチコピーに値下げ競争をかけている。中国では今、保険はちょっと高くても、購入代金も走行コストも安いEVを選ばないほうがおかしいといったムードだ。

特に長距離走行する人ほどEVがお得になる。というわけで、自家用車でタクシー業務を行うライドシェアで稼ぐにはEVが一番の選択肢となる。推定では中国のライドシェア車両の8割がEVになっているという。

問題はここからだ。事故ったときに「普通に運転していて事故を起こしました。修理代出してください。ライドシェア? やってないっすよ、そんなの」と言い張ってくる。これに困った保険会社が、走行距離の多い車を「ライドシェアに使われている」と認定して保険をお断りしたという流れだ。

つまりは「EV使えない」の真逆、「EV素晴らしい。ライドシェアやるならEVにするのが当たり前」というわけだ。

日本人が知らない「EV普及のカギ」

中国では2021年からEVの販売台数が爆発的な増加を始めた。

その10年近くも前から中国はEV普及を国家政策として打ち出し、多額の補助金をぶちこんできたが、さっぱり売れなかった。「EVを売ったふりをして、補助金だけせしめる詐欺」が横行したほどの惨状で、中国国内でもEV振興はあきらめるべきとの声が上がっていた。

その状況が一変した理由が知りたいところだが、何かが決定打になったというよりも、もろもろの条件が重なったというほうが実態に合っている。EVの性能が改善されて普通に使えるようになったし安くなった、テスラの成功でEVのイメージが変わった......などなど。

見落としてはならないのは「EVという新しい製品の普及に伴う、あれやこれやのトラブルを一つずつ潰していった」という地道な足取りだ。

前述の保険問題についても、保険会社はEV自動車保険から逃げ出したいところを政府が介入。任意保険については一定の値上げを認めつつも、強制加入の交強険(日本の自賠責に相当)の加入を拒否することは許さないとのお触れを出している。

こうした細かい問題解決は無数にある。個人的に印象深いのは、「マンション管理会社は充電設備設置を拒否してはならない」というお触れだ。

EVは自宅だと時間はかかるがお安く充電できる。しかも、EVメーカーが購入特典として無料で充電設備を配っていることも多い。となると設置しない理由はないのだが、工事が必要、電力使用量が増えるなどの理由でマンション管理会社が嫌がるといった問題が起きていた。これまた、政府のお触れで充電設備の設置を拒否してはならないことを明確にした。

日本でもマンションの駐車場に充電設備を設置するとなると、管理組合の同意を取り付けるなど大変。あきらめて充電は公共充電ステーションに頼る人もいる状況だが、この問題への対策が検討されているとは聞いていない。

新しい技術の普及には必ず軋轢がある。ましてや自動車という、一大社会インフラの改革なのだから、思ってもみなかったトラブルが続々と発生する。そうしたトラブルを一つずつ潰していった結果として、中国でEVが売れるようになっている。

これが中国のEV業界を追っかけていて一番痛感しているところだ。

動画やまとめサイトで出回っている「EVオーナーのヤバすぎる末路」的な話だと、「全固体電池(*)開発で日本自動車メーカーが大逆転! 中国メーカー涙目」というオチがセットになっていることが多い。

*全固体電池:安全性・信頼性が増し、充電に要するスピードも速くなる次世代EV用電池。世界で実用化に向けた努力が進むが、日本勢が先行しているとされる。

確かに今の自動車用バッテリーは多くの問題を抱えているが、圧倒的な性能を持つバッテリーが世に出てきたとしても、それだけでEVがすんなり普及することはあり得ない。思ってもないところから出てくる問題が必ずあるからだ。

実際にEVをたくさん作って、売って、社会実装を進めていかなければ、問題がどこにあるのかは分からない。つまりはEV普及が遅れている日本が、新技術導入で一気に大逆転というのは相当に難しい話なのではないか。

――と、「全固体電池で日本大勝利」の動画を見るたびに不安に感じている。

[執筆]
高口康太(たかぐち・こうた)
ジャーナリスト、千葉大学客員准教授。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。著書に『幸福な監視国家・中国』(共著、NHK出版新書)、『プロトタイプシティ』(共著、KADOKAWA、2021年大平正芳記念賞特別賞受賞)、『中国「コロナ封じ」の虚実』、『中国S級B級論――発展途上と最先端が混在する国』(編著、さくら舎)、『現代中国経営者列伝』(星海社新書)など。

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