IMFは10月22日、最新の世界経済見通し(World Economic Outlook;WEO)を公表した(24年10月)。24年の世界経済成長率予測は前年比+3.2%と、24年7月時点から据え置かれたが、25年は同+3.2%と、7月時点の同+3.3%から小幅に下方修正された。IMFは「世界経済の成長は、今後も安定し続けることが見込まれるものの、勢いが欠けそうだ」(IMF日本語サイト。以下同)とした。今回の世界経済見通しのサブタイトルは「政策の転換、高まる脅威」(“Policy Pivot, Rising Threats”)とされた。成長率の下振れリスクが高まる中、インフレ高進のリスクが低下してきたため、インフレ抑制を重視してきた金融引き締め政策を転換させるタイミングだと、IMFは評価している。この流れはOECDと同様であり、世界経済を俯瞰的にみると、すでに新しいフェーズに入っていると考えた方が良いだろう。

日本の市場参加者は相対的に日本経済と米国経済を中心に分析することが多い。だが、これらの2国は世界経済全体の潮流とは少しずれていると、筆者はみている。米経済については大幅な利上げにもかかわらず、経済成長率は底堅く推移している。後述するように、多くの国・地域の成長率が下方修正される中、米国は24年の成長率が上方修正された。他方、日本については大きく下方修正された。いずれも例外的な動きである。

米国の底堅さについては、金融市場の強さが背景にあると、筆者はみている。堅調な株式市場や社債市場が企業の資金調達環境を支えているだけでなく、資産効果によって富裕層の消費も支えている可能性が高い。米経済が「一強」という認識が広がれば広がるほど、米国の金融市場に資金が流入し、その構図がより鮮明となっているようにみえる。逆に言えば、金融市場が崩れてしまうと米経済そのものが崩れてしまう可能性があるため、FRBは大幅利下げによって市場のセンチメントを支えた。何かあればFRBが対応してくれるというモラルハザードも相まって、米経済は相対的に底堅く推移するだろう。しかし、これはスタンダードではない。欧州はコロナ後のペントアップ需要が息切れする中で景気の下振れ傾向が目立っている。中国は不動産バブルの崩壊という構造問題を抱えている。他の新興国は通貨安のリスクを抑制するため、自国経済の状況を無視して利上げを進めてきたことが経済を圧迫している。世界全体を俯瞰すれば、IMFが指摘するように「勢いが欠けそうだ」という評価になる。

なお、インフレ対応が遅れた日本もまた世界経済の大きな流れとはずれているように思われる。依然としてインフレ高進が個人消費を圧迫しており、中央銀行はインフレ対応に迫られている。しかし、いつまでも日本経済だけが独自の動きになることはないだろう。日銀が金融引き締めを手仕舞いするタイミングは遠くないように思われる。

いずれにせよ、世界経済の潮流をとらえ、インフレ高進を前提とした過去3年程度の常識を見直す必要があるだろう。特に、フェーズのずれた米国と日本の経済を中心にみている日本の市場参加者はその認識を強める必要がある。低成長とインフレ鈍化という課題に対する処方箋となりやすいのは、金融緩和(引き締めの巻き戻し)である。足元では米金利が上昇しているが、この傾向は長続きしないと、筆者は予想している。

24年の成長率は米国が上方修正、日本、ユーロ圏、中国は下方修正

2024年の世界経済成長率は+3.2%と7月から据え置かれたが、国別に見ると、米国は+2.8%と7月時点から+0.2%pt上方修正された。一方、ユーロ圏は+0.8%(同▲0.1%pt)、日本は+0.3%(同▲0.4%pt)、中国は+4.8%(同▲0.2%pt)にそれぞれ下方修正された。

また、2025年については、世界経済の見通しは+3.2%と7月時点から▲0.1%pt下方修正された。米国が+2.2%(同+0.3%pt)に、日本が+1.1%(同+0.1%pt)に上方修正された一方、ユーロ圏は+1.2%(同▲0.3%pt)に下方修正された。24、25年いずれも米国経済の一人勝ちの様相となっている。

IMFのチーフエコノミスト、ピエール・オリビエ・グランシャ氏はIMFのブログ で「世界経済は、ディスインフレの過程で、引き続き類い希な底堅さを見せた。世界経済の成長率は、2024年から2025年にかけて3.2%で安定的に推移すると予測されているが、一部の低所得途上国については、多くの場合紛争の激化に関連して、成長率予測がかなり下方改定されている」と評価した。

金融引き締めからの転換を中心とした「3重の政策転換」の必要性

ピエール・オリビエ・グランシャ氏は「インフレが後退する中、世界経済には3重の政策転換が必要」とし、①金融引き締めの転換、②財政政策の健全化方向への転換、③成長を促進する構造改革、を挙げた。②財政健全化と③構造改革についてはお決まりの内容と言えるが、①金融引き締めの転換については、重要だろう。引き続き、インフレ圧力の再燃には注意が必要とされたが、「主要中央銀行が金融緩和を進める道が開けている」と記された。インプリケーションとしては、FRBの利下げ傾向が続く可能性が高いこと、日本の利上げサイクルは長続きしない可能性が高いこと、などが挙げられる。

過去のインフレ高進は「一時的要因」という結論に

IMFはブログで「世界的なインフレが金融政策にもたらす教訓」について分析し、「当初、パンデミックに伴うロックダウンによって、需要がサービスから財へとシフトした。しかし、それと同時に過去に例を見ない財政・金融刺激策によって需要が喚起され、多くの企業は十分に早く生産を拡大できなかったため、供給と需要のミスマッチが生じ、一部の部門では価格が上昇した」と結論付けた。すなわち、インフレ高進は一時的な現象である、というものである。IMFは以前よりこのようなスタンスだが、改めてインフレ率や中立金利が長期的に高止まりする見方とは距離をとった格好である。市場ではすぐに「構造変化」であるとか、「This time is different」という主張が聞かれるが、その多くが聞こえのいいナラティブか、中央銀行が市場の期待をコントロールしようという意図で用いているナラティブだろう。IMFのような冷静な視点が肝要だと、筆者は考えている。

(※情報提供、記事執筆:大和証券 チーフエコノミスト 末廣徹)

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