(写真:Hakase/PIXTA)

4月19日の日経平均株価は3万7068円まで下げて、2月9日以来の3万6000円台に接近しました。これまで半導体業界に関しては、ChatGPTなど生成系AIの急速な普及で爆発的な需要の増加が期待されていました。しかし、世界的にスマートフォンやパソコンの売り上げが低迷しており、AI関連以外の半導体需要が減速しています。半導体関連企業の業績への失望が市場全体の下げの要因につながりました。

また、地政学リスクの面で、イランとイスラエルの間での報復攻撃の応酬も株安に影響しています。中東情勢が緊迫化すれば原油高などの物価上昇にもつながり、世界景気の減速リスクが高まると懸念されるからです。

このような目先の不安材料が株安のキッカケですが、3月22日につけた史上最高値4万0888円から4月19日までの1カ月弱という短期間で9%を超える大幅下落の根本的な理由は、これまでの株高スピードが急激だったため、その高値警戒感に対する修正と考えています。

再び株価が上昇基調入りできるのか

昨年末の日経平均株価は3万3464円でした。3月22日の高値4万0888円まで3カ月弱で22%も上昇してきました。その背景には、3月19日に17年ぶりの利上げ(マイナス金利政策解除)に踏み切るなど、日銀もデフレからの脱却を認めたことがあります。

また、1月からスタートした新NISA(ニーサ:少額投資非課税制度)で個人投資家の株式投資姿勢が強まったことや、外国人投資家の日本株買い姿勢の強まりから株式が好需給となったことも株高の理由となっていました。

足元までの株安で、昨年来の株価の上昇スピードに対する修正が一段落したと見られます。ここからの関心事は、再び株価が上昇基調入りできるのか、それとも、足元の水準で停滞してしまうのか、でしょう。筆者は足元の企業業績、経済環境から見て株価は再び上昇トレンドに向かうと考えています。

今年に入ってマスコミや調査機関などから上場企業の業績予想の集計が発表されています。それらの多くでは、今年から来年にかけて、主要な企業の利益を集計すると連続して過去最高を更新すると見込まれています。株価は業績に先行して変動します。利益が過去最高を更新するなら、日経平均株価も再び史上最高値を更新していくトレンドと考えるのが自然でしょう。

その一方、私たちが生活するなかで「景気がそれほど良くなったと感じられない」と考える方も多いでしょう。足元の株価が歴史的な高値水準と言われてもピンと来ないかもしれません。そこで、企業業績や経済の実態が、なぜ私たちの景気に関する実感と違っているのかを解説しましょう。

「景気が良い」と実感できるのはどんなとき?

私たちにとって景気が良いと実感できるのは、私たちの収入が増えたときでしょう。政府が公表する経済指標で、いくら景気が良いと言われたところで、実際に私たちがもらう給料が増えてきて、例えば、これまでよりわずかでもお値段が高いものを買うようになったり、普段は行けないちょっと贅沢な旅行に行けるようになったりしなければ、ひとごとに感じてしまいます。

日本労働組合総連合会(連合)が4月4日に発表した春季生活闘争(春闘)では、2024年の賃上げ率は5.24%(4月2日時点)となりました。1991年(5.66%)以来の上昇です。春闘とは、労働組合が月給などについて企業側に要求して、交渉、そして決定することです。春闘で決まる賃上げ率でその年の賃金が決まってくるわけです。

下図の棒グラフは毎年の賃上げ率の推移です。これに対して、日経平均株価は毎年の年末値となっています(2024年は年末になっていないため、直近の値で表示)。このような賃上げ率と株価の連動から見て、今年の株高の背景には賃上げがあることがわかります。

こうした高い賃上げ率のわりに、私たちの収入に余裕が感じられないケースが少なくありません。それには次にあげる3つの理由があります。①中小企業の賃上げ率は大企業に及ばずに4%台で、(主に、大企業などを対象とした)メインの情報として公表される数値ほどの賃上げを享受できていないこと、②40歳代などの支出がかさみやすい年齢層では昇給額が増えにくいケースがみられること、そして③賃金の伸びが、物価高の勢いに追いついていないこと――です。

厚生労働省が4月8日に発表した勤労統計調査から、1人当たりの賃金は、物価を考慮した「実質」賃金で前年同月比1.3%減と、23カ月連続でマイナスでした。「名目」の賃金は増えているなか、それ以上に物価が上がることで、「実質」で見た私たちの購買力は低下しています。

景気の実感とGDPに乖離がある要因

このような実質と名目の違いは賃金の話だけでなく、景気全体に関する私たちの実感とのズレに大きく影響しています。

「日本経済全体の景気動向を把握するためにはGDP(国内総生産)が適しています」と日銀のウェブサイトに記載されています。景気を見る指標には、鉱工業生産指数など様々あります。しかし専門的な詳細はわからなくても、多くの読者にとってGDPは経済全体を代表する指標とイメージする方も少なくないでしょう。GDPを簡単に言えば、国内で生産された価値で、商品などの販売額から、原材料などを差し引いた金額のことです。

内閣府から3月11日に発表されたの四半期別(2023年10-12月期)の実質GDP(国内総生産)は前期比0.4%増でした。実は、その前の四半期(7-9月期)が2.9%減とマイナス成長でした。2四半期連続でマイナス成長の場合、景気が後退局面に入ったと専門家から指摘されてしまうため、今回の発表でそれが回避された点は大きいと見られています。

しかし、GDPの内訳となる個人消費は、さらにその前の四半期(4-6月期)から3四半期連続でマイナス成長となりました。GDPの項目のうち私たちの実感と最も関係する個人消費が厳しい状況にあることも、私たちの景気の実感とGDPに乖離がある要因の1つです。

また「実質」と「名目」の違いについて言えば、物価の影響を除く前の名目GDPは直近まで5四半期連続でプラス成長となっています。日経平均株価の計算には物価の影響を除くことはしないので、実質よりも、連続でプラス成長してきた名目との関係が強くなります。

名目GDPと東証プライムの時価総額の推移

下図は名目GDPと東証プライムの時価総額の推移を並べたものです。時価総額は株価×発行済み株式数をベースに算出されるものなので、株式の市場で評価された価値の合算値を示すものです。

グラフの推移から名目GDPと東証プライム市場の時価総額がおおむね連動していることがわかります。

ところでいま一度、GDPについて考えてみましょう。GDPは日本国内で生産した価値から材料などの費用を除いた金額です。四半期ベースのGDPは3カ月間の生産合計になりますが、ここでは内閣府が発表している12カ月(年率)の換算値を使っています。

実は、株式運用に関する業界では、歴史的にGDPを時価総額と比較して見るケースが多いです。1年間の生産総額(GDP)が、市場での評価総額(時価総額)と関係が深いとする考え方です。生産総額が少なければ、生産の多くの部分を担う企業の価値(時価総額)も下がるし、逆にGDPが増えれば時価総額も上がるというものです。

これが、上図の名目GDPと東証プライム市場の時価総額が連動する背景にあります。

さらに、上図で見るとGDPよりもGNI(国民総所得)のほうが時価総額と連動性は大きいものとなっています。GNIはGDPと計算が似ているのですが、「日本企業が海外支店等で生産したモノの価値を含んでいる」点が異なります。GNIは、以前GNP(国民総生産)と呼ばれるものでしたので、なつかしい用語と思う読者も少なくないかもしれません。

日本企業はこれまで労働コストが低いなどからアジアなどでの現地生産を増やす傾向にありました。こうした海外における生産はGDPには含まれませんが、GNIには含まれます。確かに国内の景気動向を見る上では海外生産を除いたほうが適切でしょう。しかし、株価を決める要因となる企業の業績は、海外での収益も含むため、株価との関係は、GDPよりGNIのほうが強くなります。

景気に対する実感は「実質」、株価は「名目」と連動

少々専門的になりますが、統計学の分野では2つのデータの関係を見るのに相関係数というものを使います。相関係数が「1」だと2つのデータが完全に一致して動いていることになります。つまり、通常は1よりも小さな値となり、1に近ければ近いほど連動していることを示します。

具体的な計算方法は専門書に譲りますが、GDPと時価総額の相関係数は「0.77」でした。一方、GNIと時価総額は「0.86」となりました。統計学の専門書によれば0.8を超えると「強い相関」がある関係です。統計的なデータからもGNIのほうが株価との関係が強いことがわかりました。

今回は、私たちにとって景気が良いという実感がそれほどでもないのに、株価が上昇してきたことの理由を解説してきました。景気に対する実感は「実質」ですが、株価は「名目」と連動します。景気が実感としては、それほどでなくても、株式市場にとって足元の投資環境は基本的には良いことがわかります。株価は再び上昇トレンドとなることが期待されます。

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