日本のデジタル競争力が問われて久しい。スイスのビジネススクールIMDによると、2023年は世界64カ国・地域のうち32位となり、17年の調査開始以来、最低だった。要因別で「知識」「テクノロジー」「将来への備え」がいずれも30位前後に沈んでいるためだが、個別の指標をみると強みと弱点が浮き彫りになる。
例えば、相対的に順位が高いのは、市民が情報通信技術(ICT)を使って行政の取り組みに参加する「e-participation」が1位、無線ブロードバンドの普及率が2位、世界での産業ロボット供給は2位だ。国内の通信環境の良さ、ロボティクスに強い産業機械メーカーが多い点などを考えると合点がいく。
一方、順位が低いのは「ビッグデータや分析の活用」「企業の俊敏性」(ともに64位)、「デジタル/技術的スキルの可用性」(63位)だった。要するにスキルが乏しいため肝心のデータを使いこなせず、その結果、企業がデジタルを駆使して事業を変革しようとしても思うように進まないといったところだろう。
どの業界でもデジタル競争力の底上げは待ったなしで金融も同じ。「リスキリング(学び直し)で大半の正社員をデジタル人材に」という野心的な取り組みを始めたのが、創業100年を迎えた三井住友信託銀行だ。正社員の7割にあたる6500人をシステム導入などを指揮できるデジタルトランスフォーメーション(DX)人材に育てる。
金融ではスマホを使うネット専業銀行やJR東日本などの異業種が存在感を強めており、支店を持つ伝統的な銀行だけが金融サービスを提供する時代ではなくなった。今春にNIKKEI Financial(NF)が実施したNF銀行ランキングでも、デジタル技術を使った顧客サービスを強みとするPayPay銀行やソニー銀行などのネット銀が上位を席巻した。伝統的な金融機関にとって、デジタル人材の底上げは不可欠だ。
三井住友信託では23年度からデジタル人材の育成に本腰を入れている。進捗や成果はどうなのか気になり聞きに行った。簡単に制度をおさらいすると、リスキリングは4段階に分け、最も基礎的なのはマイクロソフトの「Office」などの基本操作を身につける「レベル0」だ。
次は9000人の全ての正社員にオンライン教材などの研修を通して、情報通信の国家資格である「ITパスポート」相当の知見を習得させ、システムの受け入れテストなどをできるようにする。これが「レベル1」で、ITパスポートの取得者数(基本情報技術者等上位資格取得者を含む)は23年度末で約4800人になったという。
ITパスポート自体はニトリホールディングスなど幅広い事業会社で取得を推奨している。独立行政法人情報処理推進機構(IPA)によると、年10万人超の合格者を輩出している。デジタル人材としての第一歩としては重要だが、それだけでは物足りないのだろう。三井住友信託ではさらにレベルの高い学び直しを2段階で設けた。
「レベル2」は、SaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)やシステム保守のEラーニングをクリアした上で、事業IT研修(システム開発系の研修)と、4つのプログラムから興味のあるものを選ぶ形でデジタル研修を受講する。
具体的には、①作業を自動化するRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)の構築②アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)を使ったクラウド③データを可視化するシステム「Tableau(タブロー)」によるデータサイエンス④生成AIの活用――から選び課題をこなす。例えば、RPAは行員自らがプログラムを作り社内の専門家が審査する。
行員の反応はどうだったのか聞いてみると「営業の自分がIT・デジタルの研修を受ける必要があるのか」という声もあったそうだ。しかし研修が進むにつれ、「これまでの財務面中心のコンサルからIT・デジタルを活用した業務効率化、システムのリプレース提案(それに伴う与信提案)などができるようになってきた」(人事部の松永邦茂調査役)。
「レベル2」は25年度までに6500人、さらに実践的な「レベル3」は900人が研修する。総投資額は30億円になる見通しだ。まだ途上だが、短期間で正社員の大半をDX人材に育てようとする取り組みは、少なくとも日本のデジタル戦略の弱点である技術の習得とデータの活用、企業の機動力を底上げするための参考になりそうだ。
ただ海外勢は先をゆく。調査・分析会社エビデントによると、世界の主要金融機関50社のAIへの取り組みを人材やイノベーションといった観点で評価したランキング(23年11月時点)では、上位に米JPモルガン・チェースやスイスのUBSなど海外勢が並ぶ。
三井住友信託も7月から生成AIの研修を導入するなどプログラムを機動的に見直し、試行錯誤を続ける。金融ではAIだけではなく、いずれは量子コンピューターの運用の巧拙が成否を分けるとの声もある。デジタルとの格闘はこれからも続く。
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