アイリスオーヤマの大山健太郎会長(flier提供)
<著書『いかなる時代環境でも利益を出す仕組み』も大ヒットしたアイリスオーヤマの大山健太郎会長は、会社経営を「野球型」から「サッカー型」に変えようと語る>
2020年発刊後に版を重ね、2024年4月に文庫化された『いかなる時代環境でも利益を出す仕組み』(日本経済新聞出版)。アイリスオーヤマの戦略をまとめた一冊で、経営学者の楠木建さんが「痺れるほど面白い。日本発、競争戦略の傑作」と絶賛している名著です。
ピンチを常にチャンスに変え、生活提案型企業として新たな市場を創造し続けているアイリスオーヤマ。大山健太郎会長に、本書に込めた想いや、ご自身の生き方に影響を与えた本についてお聞きします。
(※この記事は、本の要約サービス「flier(フライヤー)」からの転載です)
本書は「アイリスオーヤマの解体新書」
──2020年に本書を執筆された背景について、改めてお話ししていただけますか。
この本は、いわば「アイリスオーヤマの解体新書」です。私はアイリスオーヤマの創業者であり、当社はオーナーカンパニーなので、経営の全体像を明かすことができました。もちろん、他社に模倣されるリスクもありますが、それ以上に、知ってもらう効果のほうが大きいだろうと考えたのです。
本書は2020年発刊後、おかげさまでベストセラーとなり、今回はハードカバーより文庫本の方が手に取りやすいだろうと文庫化のはこびとなりました。経営学者の楠木建さんが序文に、「日本発、競争戦略の傑作」と書いてくださったのは光栄の至りでしたね。
『いかなる時代環境でも利益を出す仕組み』
著者:大山健太郎
出版社:日本経済新聞出版
要約を読む
アイリスオーヤマが「ユーザーイン」の発想を貫く理由
──コロナ禍が収束に向かったいまも、紛争の続く国際情勢、AI技術の革新など、変化のスピードは増すばかりです。そんな時代においては「環境を自ら変革する力」がますます重要であると考えます。この力を培いたいと考えるビジネスパーソンに向けて、本書に込めた想いをお話ししていただけますか。
いまの日本企業の経営は欧米キャッチアップ型で、上場会社を中心に効率が優先されています。経済が右肩上がりで伸びているときはこのスタイルでも問題ないでしょう。
しかし、19歳から60年間経営に携わるなかで感じてきたのは、企業は約10年単位で、常に変化を迫られるということです。たとえば高度成長期なら、メーカーは価格競争力のある高品質の製品をつくり、シェアナンバーワンをとれれば安泰だった。いわばプロダクトアウトの発想でよかったのです。
ところが、オイルショックの折には、「供給過剰になると市場が崩壊する」という現実を突きつけられた。この経験から、どんな変化が起きるかわからないからこそ、いかに変化に対応するかが企業経営の基本だと学んだのです。
多くの企業は、競争優位の戦略に立ち、目の前の得意先や取引先のニーズに応えようとする「マーケットイン」の発想で戦っています。これでは競合他社との横並びにすぎず、既存のマーケットだけで競争していると薄利多売になってしまう。
一方、アイリスオーヤマが経営の軸に据えるのは、生活消費者の目線で需要を創造する「ユーザーイン」。変化に対応し、「いかなる環境においても利益を出す仕組みをつくる」ためには、お客様から支持を受けないといけない──そう考えて選んだ戦略です。既存のマーケットで戦うのではなく、水産加工業にはじまり、農業、園芸によるガーデニング、ペット、透明な収納ケースと、次々に新しい市場を開拓していきました。
ただし、需要創造型の製品は過去の実績がないため、確実に売れるものを求める問屋は取り扱いに難色を示しました。そこで、問屋機能を包含した「メーカーベンダー」という業態を確立した。これが市場創造の仕組みです。
ピンチはビッグチャンス。ピンチに陥ると身構えるけれども、レッドオーシャンをブルーオーシャンに変えていけばいい。消費者の潜在ニーズを顕在化することがユーザーインの基本なんですね。そのためには、社員はアイリスオーヤマの仕組みをよく知っておかないといけない。だから本書は「社員に向けての指南書」の意味合いもあるのです。
いかに強みを活かして瞬発対応力を発揮できるか
──本書では、ユーザーインの発想を育む場がプレゼン会議だとありました。新たなアイデアを通過させるかどうか、どんな基準で判断を下すのでしょうか。
プレゼン会議は、毎週月曜に全部署の責任者が集まり、5~10分で社員が次々とプレゼンテーションをしていく開発会議です。当社の2万5000点の製品はすべてこの会議から生まれます。息子の大山晃弘に社長をバトンタッチしてからは、議長である彼の決裁で進みます。「わかった。OK!」と数分で即決という速さが、事業スピードに直結しているのです。
徹底しているのはユーザーインの目線でジャッジすること。提案した自分たちが本当にその製品をほしいかどうかを自問します。
ただし、完全なゼロイチはリスクのかたまりですから、アイリスオーヤマの強みを活かせるかどうかが大事な判断軸になっています。たとえば、東日本大震災で節電が必須になった際は、すでに中国の大連工場でLED照明を製造していたので、直ちに生産能力を従来の3倍まで引き上げるよう指示し、前年の3〜5倍の受注が可能になりました。
細々と複数の事業をやり、生活者のニーズが増えたときに生産を拡大する。これは「あらゆる設備の稼働率を7割以下にとどめる」というルールを徹底しているからこそ可能なこと。何かの需要が出現したら、予備スペースを活用してすぐさま増産ができるのです。
植物の茎は、地上では見えなくても、地中では芋のようにつながっています。他社は、効率優先で地面に見えている強い部分だけ残して、地中の茎を切ってしまっているのでしょう。一方、アイリスオーヤマでは、将来を見据えて地中の茎を大事に育てています。
大事なのは、いかに強みを活かして瞬発対応力を発揮できるか。強みを持つマーケットの変化を有機的に結びつけることが、トップの仕事だと考えています。
──アイリスオーヤマは「ビッグチェンジにはビッグチャンスが到来する」という思想のもと、世のピンチのときこそ業績を伸ばしています。数々の実例のなかで、大山会長が特に印象に残っている事例は何でしょうか。
コロナショックでのマスク増産ですね。2020年1月に新型コロナウイルス感染症拡大の情報を聞いた瞬間、翌週から大増産に向けて工場増設すると決めた。事実、世界各国でマスクの需要が急拡大しました。
迅速な変化への対応を即断即決できたのは、ユーザのニーズにアンテナを張り続けているから。マスクは中国だけでなく、日本、アメリカ、ヨーロッパ、韓国でも製造しました。各国とも安心安全な自国生産を要望したためです。やはりコロナが収束すると需要が減り、リバウンドはきました。ですが、人々が困っているときは、そこに集中するのもユーザーインだと捉えています。
最大の情報共有ツール「ICジャーナル」
──経営層だけでなく、従業員も一丸となって同じ方向へと動ける秘訣は何ですか。
1つは、アイリスオーヤマが非上場だから事業計画に縛られず、変化にすぐ対応できること。上場会社だと株主総会から直近の事業計画達成が求められるので、中長期の投資がしにくくなってしまう。
もう1つは、情報共有の仕組みです。上場会社なら、株価に影響のありそうな経営情報は一定の人を除いてクローズにしないといけない。ですが、当社は株価への影響を考えなくていいので、新規事業に関しても情報を隅々まで共有できるわけですね。
たとえば、情報共有ツール「ICジャーナル」では、営業や開発など各持ち場で得た情報を毎日入力します。これはただの日報ではありません。「私ならこう考える」「お客さんはこう求めているから、こうすべき」などと、考えや意見、提案まで書きます。これが、経営層と現場社員との情報格差をなくし、同じ情報をもとに同じ方向へ向かえるよう促してくれるのです。
会社経営を「野球型」から「サッカー型」に変えよう
──本書では「想像すること」がマネジメントの根幹だとありました。規模の拡大に伴い、社員を想像することが難しくなる局面を迎えた企業もありますが、そうした企業を変えていくには、大山会長ならどんな解決策を講じていかれますか。
アイリスオーヤマも国内の正社員だけで5000人、海外も含めると1万5000人規模の企業ですので、どうしてもセクショナリズムに陥りそうになることがあります。それを防ぐために、社内では飲み会も旅行も運動会もできるだけ継続しようといっているんです。一緒に時間を過ごすことで、人と人との間には必ず情が生まれますから。
私自身、できるだけ社員の様子を見て、想像できるようにと考えています。普段から社員食堂で社員と一緒に食べているというと、驚かれますね。出張先ではオフィスや工場を一通り全部まわるようにしています。
私は会社経営を「野球型」から「サッカー型」にしようと提案しています。野球の試合は2時間半で終わるときもあれば4時間もかかるときもある。サッカーは90分でピシャっと終わる。だから決められた時間内にどうやって勝つか、そのために何が大事かという発想に立つようになる。つまり「決められた時間内に、いかに生産性を上げるか」ということです。
また、現在の野球は円陣を組まないし、選手は出番がくるまでベンチにすわっていて、個人主義的です。一方サッカーは、11人の選手が一緒に勝利をめざす。各ポジションが連携するからこそ、フォワードがゴールを入れられる。そうしたチームでの連携が求められる「サッカー型」の会社経営をめざしていきたいですね。
「常に本質的、多面的、長期的に考える」
──大山会長の生き方や経営哲学に影響を与えた本は何でしたか。
これまでドラッカーなど色々な本を読み、参考にしてきました。とても本質的だと感じたのは、日本の思想家・安岡正篤さんの『運命を開く』という本です。
この本から得た「常に本質的(根本的)、多面的、長期的に考える」という思考の三原則がアイリスオーヤマの基本になっています。まず「本質的」とは、何のために会社があるのか、何のためにこの商品を開発するのか、とその意味を常に考え続けること。そのなかで行きついたのが企業理念第1条の「会社の目的は永遠に存続すること」です。
次に「多面的」とは、色々な業界の、色々な競争を見ておき、その知見を蓄積するということです。そして「長期的」なスパンで考えよう、と。目先の効率化ではなく、いつでも利益を出し続けられるように、景気・不景気を問わず、毎年新しい事業の種まきをするという発想の原点には、このフレーズがあります。
映画づくりは、商品づくり
──大山会長は高校時代に多くの映画をご覧になったそうですね。映画から受けた影響はありますか。
思春期の頃、ヨーロッパの自由な発想でつくられたヌーヴェルバーグの映画に大いに刺激を受けました。人の内面を抉り出すような映画は、人生をどう生きるかを考えるきっかけにもなりましたね。
映画づくりは何を視聴者に訴えるか。これは商品づくりも同じ。消費者に何かを訴えるためには構想力がいるし、ストーリーがいる。俳優や音楽も必要です。アイリスオーヤマだと、ユーザーインという構想の中で、いかに面白いストーリーを訴えていくか。商品は俳優、販促は音楽、デザインは映像というように、すべてつながっているのです。
大事なのはキーワード。たとえば、ガーデニングなら「育てる園芸から飾る園芸」がキーワードでした。園芸に興味がなかった人にも自宅の庭で飾る文化を提案し、ガーデニングブームを牽引したのです。また、家庭の収納においても、「しまう」という従来の考え方に「探す」という新たな視点を加えて、「しまう収納から探す収納」というキーワードを提案したことで、透明のケースをヒットさせた。
今後は「日本の文化を輸出する」という想いのもと、パックごはんと水に注力したいと考えています。来日した外国人の多くが日本のご飯のおいしさに感動しますが、日本のコメを持ち帰って日本製の炊飯器で炊いても、水質が違うと日本で食べたご飯を再現するのは難しいのです。その点、パックごはんなら電子レンジで温めるだけですから、どの国でも日本のご飯の味を楽しめます。日本の水は非常においしく、こうした日本のオリジナリティある強みを活かしていきたい。
そして、人口減少を支えるために、ロボットの新規事業にも力を入れていきたいですね。ユーザーインの発想のもと、この3つの柱を育てていきたいと思います。
大山健太郎(おおやま けんたろう)
アイリスオーヤマ会長。1945年生まれ。大阪で父親が経営していたプラスチック加工の大山ブロー工業所(1991年にアイリスオーヤマに社名変更)を、父の死に伴って1964年、19歳で引き継ぐ。経営者を60年間と長きにわたり務め、生活用品メーカーからLED照明・家電メーカーに業容拡大。藍綬褒章受章(2009年5月)、旭日重光章受章(2017年11月)。2018年会長就任。
◇ ◇ ◇flier編集部
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