パニック前夜のニューヨーク証券取引所(3月1日、 REUTERS/Stefan Jeremiah)

<ヨーロッパと中東で戦争が続き、秋には米大統領選を控えるなかで発生した株価暴落の影響は>

2024年8月5日は世界の市場にとってほとんど最悪の一日となった。アメリカ経済の減速懸念がアジア、ヨーロッパとアメリカの株価下落を引き起こし、一方で安全な避難先と見なされている米国債やドイツ国債に資金が流入。株価急落による損失をなんとか避けようとする投資家たちはパニックになった。

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日本の日経平均株価は前週末比で12%下落し、パニック売りを防ぐために一時的に売買を停止する「サーキットブレーカー」が複数回にわたって発動された。韓国の総合株価指数は、2008年のリーマン・ショックに端を発した金融危機以降最悪の9%安を記録した。ヨーロッパの市場も2~3%の下落を記録し、米ダウ平均とナスダックも取引開始直後から売りが広がった。

米シンクタンク、ブルッキングス研究所グローバル経済開発部門の上級研究員であるロビン・ブルックスは、「市場は幼児のようなもので、いつ癇癪を起こすか分からない。物事は常に白か黒かの両極端で、中間のグレーはない」と述べた。

今回の世界同時株安は、多くの意味で問題だ。最も大きな問題は、数十億ドル、場合によっては数兆ドル相当の金融資産が失われたことだ。その影響がじわじわと広がり、近いうちに消費者心理や製造業の景況感、住宅着工件数や雇用創出といった、各国経済および世界経済の繁栄にとって重要な部分に波及する可能性がある。

最悪のタイミング

タイミングも最悪だ。ヨーロッパと中東では現在大規模な戦争が起きており、東アジアでは緊張も高まっている。イギリスでは移民反対の抗議デモが暴動に発展し、ヨーロッパでは極右の台頭により分断が深刻化している。領土的野心を露わにする中国に近隣諸国は警戒感を強めており、国際社会にとって重大な意味を持つ米大統領選がわずか3カ月後に迫っている。

では一体何が起きたのか。きっかけは2日に発表された米雇用統計が予想よりも悪い内容で、これにより米景気の悪化懸念が急速に高まったことだ。米連邦準備理事会(FRB)はいまだに腰が重く、7月末の会合でも(高い水準にある)政策金利の据え置きを決定した。

今回の株安を受けてFRBは、いずれ訪れる「嵐」に備えるために、迅速かつ大幅に金利を引き下げる圧力にさらされている。

とはいえ、原因は雇用統計だけではない。FRBは7月に発表したベージュ・ブック(地区連銀経済報告)で、消費者ローンや新車販売など、これまで好調を維持してきた分野に潜在的な弱点があると示唆したのだ。

アメリカからはほかにも悪い知らせがあった。過熱気味のテクノロジー部門にかげりが見え始め、インテルなどの大手テック企業の業績が悪化。アップルからは大規模な資金流出があった。この結果、これまで高値で取引されてきたテクノロジー株の調整ムードが高まり、売りが加速した。

米シンクタンク「外交問題評議会」の国際経済部門を率いるベン・ステイルは、「過去1年間の強気市場を後押ししていたのは、FRBが経済をソフトランディング(軟着陸)させるだろうという確信と、人工知能(AI)への投資がすぐに成果を挙げるだろうという見通しだった」と指摘した。「だが今、市場はFRBが利下げの判断で大きく出遅れ、AI市場の収益が期待を大きく下回るのではないかと恐れている」

衝撃は日本からももたらされた。7月末に日銀が、物価の上振れリスクに先手を打つべく、政策金利を予想外に実質0%から0.25%に引き上げたのだ。利上げ幅は小幅だが、ゼロ金利の日本のタダ同然の資金に慣れていた世界中の投資家にとって、これは悪い兆しだった。

金利が上昇して円の価値が急騰すれば、ゼロ金利で日本円を借り入れて、その資金を世界中の高利回りな資産に振り向けて稼ぐこれまでのやり方が通用しなくなる。投資家たちはいま円の不足を補うために保有株を売却し、世界市場は強気から弱気に転じることになった。

米大統領選は再びトランプ有利へ?

株式市場から逃げた資金がどこに振り向けられるかといえば、アメリカやドイツの10年物国債などの「安全資産」だ。米国債の利回りは7月末以降およそ0.5ポイント低下しており、ドイツ国債の利回りも低下している(利回り低下は債券価格の上昇を意味する)。

世界市場において最も信頼できる安全資産と考えられている米国債とドイツ国債の利回り低下は、巨額の資金が大急ぎで安全資産へと逃避していることを示す兆候だ。

今回の市場の混乱には、表面上はリーマンショックの2008年といくつかの類似点がある。激戦となっている米大統領選の最終段階を決定づける一つの要素になる可能性がある点だ。

ジョー・バイデン米大統領の就任以降、米経済は力強い成長を遂げ、失業率は低く、株価は上昇してきたが、一方でインフレに悩まされてきた。米経済がついに勢いを失いつつあるのではという恐れなどから米株市場が調整局面に入っていることは、民主党にとってあまりいいニュースではない。

共和党の大統領候補であるドナルド・トランプが厳しい経済見通しや株価下落を自分の有利に利用している状況では特にそうだ。トランプがこれを利用して、カマラ・ハリスに対して劣勢に立たされつつある選挙キャンペーンの活性化に成功する可能性は十分にあると、米シンクタンク、ピーターソン国際経済研究所の経済・貿易専門家であるゲイリー・ハフバウアーは指摘する。

「株価の急落を受けて激戦州がトランプ支持に傾く可能性がある。トランプの貿易政策や経済政策が内向きなことを考えると、これは長い目で見て、市場や経済にとって悪いニュースになるだろう」と彼は述べた。

だがアメリカのインフレは現時点では大きな問題ではなく、先日の雇用統計もさほど悪い内容ではなかった。まだ差し迫って対策が必要な段階ではないとブルッキングスのブルックスは指摘する。

「米政府やFRBの政策立案者たちは、平静を呼びかけるべきだ。雇用状況はそれほどひどくないし、インフレも穏やかに見える。景気後退が差し迫っている兆候はみられない」と彼は述べた。

リーマンショックの2008~09年と今回の市場混乱には、大きな相違点もある。2008年の金融危機がきわめて有害だったのは、サブプライム住宅ローンとその派生商品の破綻が銀行や保険会社、さらにはヨーロッパの地方銀行にまで巨額の損失をもたらし、また信用フローや再保険などを通じてシステム全体に影響を及ぼして、危機をさらに悪化させたからだ。

今回の危機も厳しいものだが、当時とは性質も異なり、より脅威は少ないとされている。

それでも心理的な影響は重要であり、市場の下落は信頼を揺るがせる。西側の民主主義の枠組みのみならず、西側の経済モデルもまた批判や圧力にさらされているこの時期に、世界的な信頼の危機が加われば、すでに一触即発の地政学的状況にさらに好ましくない要素が増えることになる。

From Foreign Policy Magazine

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