TiSpaceの関連会社、AtSpaceが運用するサブオービタルロケット「Kestrel I」。南オーストラリア州ウェイラーズウェイで2022年12月撮影。提供写真(2024年 ロイター/tiSPACE/AtSpace)
台湾の新興企業が、外資として初めて日本でロケットの打ち上げ準備を進めている。打ち上げに必要な規制をまだクリアできていないが、実現すれば宇宙への「玄関口」になることを目指す日本にとって追い風になる一方、軍事転用も可能な技術であることなどから、中国の目を気にする声も出ている。
台湾の民間企業として唯一ロケット開発を手掛けるTiSpace社は、2016年に国家宇宙センターの現・元職員らが設立した。台湾では商業ロケットの打ち上げ環境が整っておらず、海外の発射場を利用している。これまで成功したことはなく、最も最近では22年にオーストラリアでの打ち上げが酸化剤の漏れが原因で失敗した。
北海道の東部、帯広から南に50キロほどに位置する大樹町から打ち上げる今回のロケットは設計が異なる。TiSpaceはロケット追尾に必要な規制手続きである電波利用許可が日本の当局から下りるのを待っており、来年初めまでの打ち上げを想定している。まだ試射段階で、宇宙空間まで打ち上げるものの、人工衛星の周回軌道には達しない。
同社の陳彦升会長はロイターとのインタビューで、打ち上げがスムーズに進めば日本は海外のロケット企業にアピールできると語った。「日本政府にとって非常に良いケースになるはずだ」と述べた。
宇宙輸送ハブ
日本政府は宇宙産業を30年代の早い時期に8兆円規模まで拡大することを目指している。官民合わせて年間30機の国産ロケットを打ち上げるとともに、世界で人工衛星の打ち上げ需要が高まる中、アジアの「宇宙輸送ハブ」になる構想を描いている。
農地が広がる人口約5300人の大樹町は、ハブになることを目指す自治体の1つ。同町で「宇宙港」を運営するスペースコタンの小田切義憲・最高経営責任者(CEO)は、TiSpaceのほかにも欧州の企業数社が打ち上げに関心を寄せていると明かす。
ロケットは、地球の自転を利用するため東へ打ち上げる。また、南極と北極上空を通る極軌道に衛星を投入するには南へ打ち上げる。大樹町はいずれの方角も海に面して開けている。小田切氏は地の利を生かし、国内に限らず自国で打ち上げられない海外の企業も誘致することで周辺産業を含めた経済圏が作られていくと説明する。
地元選出の自民党の中川郁子衆議院議員も、道内関係者が「宇宙版シリコンバレー」と呼ぶ国際宇宙産業集積構想への追い風になると話す。「台日友好の象徴」にもなると語る。
外交上の懸念
しかし、TiSpaceの打ち上げを巡っては、日本国内から中国との関係を懸念する声も出ている。同社の共同創業者の1人である呉宗信氏は退社後、台湾の国家宇宙センターのトップを務めている。ロケットの打ち上げと弾道ミサイルの発射は技術的に共通するものが多く、台湾企業が日本から打ち上げようとすれば、中国が監視を強める可能性がある。
TiSpaceは、同社は民間企業で台湾政府から資金援助を受けていないと説明。陳会長はロイターへのメールで、現時点で地政学的な懸念は耳にしていないとした。
日本の宇宙政策を統括する内閣府はロイターの取材に、「法令にのっとっている範囲内においては、我が国では自由な経済活動や研究活動が保証されている」と回答した。一般論だと断った上で中立的な立場を強調した形だが、内閣府の宇宙政策委員会委員を務める東京大学の鈴木一人教授は、日本から台湾のロケットを打ち上げる計画をビジネスの観点だけで語るのはリスクだと指摘する。「外交的配慮は絶対に必要」と話す。
中国外務省はロイターの取材に、TiSpaceの打ち上げについて「関連状況を把握していない」と述べた。
宇宙港は世界的に競争激化
内閣府によると、22年に軌道上に打ち上げられた人工衛星は世界で2368機。10年間で11倍に増加した。ロケット打ち上げ事業を手掛ける米スペースXが価格破壊をもたらした影響が大きく、低軌道に投入する商業衛星の輸送需要は今後さらに増える見込みだ。
日本には鹿児島県に種子島宇宙センターと内之浦宇宙空間観測所があるが、いずれも国の基幹ロケット専用の打ち上げ施設だ。民間は大樹町以外に和歌山県、さらに大分県、沖縄県で宇宙港構想が進んでいるが、打ち上げ実績については、インターステラテクノロジズが2019年に日本の民間企業として初めて宇宙へのロケット打ち上げに成功した大樹町が先行している。
打ち上げ需要が増える一方、宇宙港を巡る競争は激化している。ボストンコンサルティンググループのアレッシオ・ボヌッチ氏は、世界では50以上の宇宙港が建設されつつあるが「真に成功し、長期的に自立できるのはおそらく5から10カ所だろう」と語る。
宇宙政策に詳しい大阪大学の渡辺浩崇・招へい教授は、政治外交上いっそうの困難を伴う台湾のTiSpaceが海外ロケット打ち上げの先例になれるかどうかが、アジアの宇宙輸送ハブを目指す日本にとって「良い試金石になる」と話す。
(小宮貫太郎 取材協力:村上さくら、李宜穆 編集:久保信博)
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