生成AIなどさまざまなテクノロジーが進歩する今、「近い将来『デジタルネイチャー』(計算機自然)と言うべき自然像が登場する」と語るのは計算機科学者でメディアアーティストの落合陽一さん。
「デジタルネイチャー」とは、人間中心論にとらわれず、あらゆるものを計算過程として捉える世界、および研究領域のことを呼ぶという。
この計算中心的な「デジタルネイチャー」という新たな価値観。
その先の社会において、人々の持つ価値観やコミュニケーションのあり方などは、どのように変化していくのか。
著書『落合陽一責任編集 生成AIが変える未来 ―加速するデジタルネイチャー革命―』(扶桑社)から一部抜粋・再編集して紹介する。
生命の定義が変わるデジタルネイチャー
デジタルネイチャーという価値観が浸透した社会で、まず大きく変化するのが生命の定義でしょう。
現在、バイオテクノロジーの研究者や人工生命を扱う情報学者たちの間での生命の定義とは、「機序として情報に基づいて動作する計算装置としてみなせる」ことは、あまり疑いの余地がなくなりつつあります。
いまの世界で、「人間も計算機のひとつである」と考えている人は、あまり多くないでしょう。
でも50年後には、地球上の大半の人間は、「人間やあらゆるものはコンピュータのように、計算に基づく存在だ」と信じる人の数が多くなっていると思います。
あらゆる生物はコンピュータでもあり、この宇宙も計算しています。
生命の定義が大きく変わるデジタルネイチャーの時代ですが、それ以外の価値観も大きく変わるのでしょうか?
科学的思考が導入された頃、物理学者の寺田寅彦は「人が科学を信じるのも妖怪を信じるのも体験としてはほとんど変わらない」というエッセイを書いていましたが、計算中心の世界でも同様に人は何かを信じるし、そのプロセスが新しい道具によって解明されるだけではないでしょうか。
信心と原理は往々にして分離されるはずです。
マッチングの精度も高まるが…
デジタルネイチャーと化した世界では、恋愛の認識が変わると思います。
僕自身は、人口統計に関わる問題に計算機が介入しすぎるのは倫理的に間違っていると考えているのですが…。
たとえば、現在のマッチングアプリは、「友達の友達を紹介する」くらいの精度しかなくて、そこまで性能が高くありません。
もし生成AIなどのテクノロジーを取り入れれば、人間同士の相性を十分に考慮し、非常に効率がよいマッチングを実現できるのではないかと考えています。
この記事の画像(3枚)極端な話ですが、2~3言話したり、2~3回LINEをやり取りしたり、それまでの背景知識やライフログを交換したりすれば、お互いの相性がわかるようになるかもしれません。
ただ、いかに効率がよいマッチングであっても、行きすぎはよくないこともわかっています。
なぜなら、自分の家庭生活に効率のよさを求めるかどうかは、個人の価値観で分かれる部分だと思いますし、仮にデータ上は自分にとって「効率が悪い相手」であろうが、そこを乗り越えてでもこの人と一緒にいたいと考える人もいるはずです。
その点でも、あまりに精度の高いマッチングツールの導入については、今後もまだまだ議論の余地があるでしょう。
“デジタル・エージェント”の登場!?
人間に限りなく近いAIが登場し、いずれ自分自身を「計算」できるようになります。
その計算は人とAIの関係性を脱構築するでしょう。はたして、そんなデジタルネイチャーの世界の未来はどんなかたちになっているのでしょうか。
10年後の未来、生成AIによって大きな社会変化をもたらすと思われるのが、「デジタルヒューマン」の登場です。
特にビジネスの世界では人間の代わりに働いてくれる「デジタル・エージェント」が、一般に普及しているのではないかと思います。
現在のAIは、それぞれの特性や機能が大きく差別化されているため、ユーザーの用途によって使い分けられています。
僕の場合も、検索するならPerplexity、サーベイをまとめるときはCopilot、プログラムを書くときはClaudeを使います。
そして、これらを使ってもうまくいかないものはChatGPTのAPIでコードを書きます。
さらに、音楽をつくるときは、SpliceやSunoといったAIアプリを利用しますし、画像生成で写実的な絵をつくりたいときはMidjourney、リアルタイムに画像をつくりたいときはStabilityのSDXLのLCMやSDXL Turbo1などを選びます。
また、動画をつくるときはRunwayMLやAnimate-Diff、KaiberなどのAIを作風に合わせて使い分けます。
このように現代ではタスクに応じて、ユーザーがものすごく膨大な量のAIを使い分けなければいけません。しかも、AIは日々めまぐるしく進化していくので、情報のアップデートも必要になってきます。
しかし、デジタル・エージェントの登場後はあらゆるタスクをすべて一元管理してくれ、そのタスクに合わせた最適なAIを提案してくれるようになるはずです。
さらに、「このようなプランを実現するにはどうすればいい?」とデジタル・エージェントに相談すれば最適なプランを提案してくれるようになるでしょうし、最終的に「こういうふうに作っておいて」と指示さえすれば形にしてくれるようになるので、業務はかなり簡略化されるでしょう。
そんな未来が、もうすぐそこまで来ています。
あらゆるものにAIが組み込まれる時代へ
20年後には、ロボット生産をはじめ、生成AIを組み込んだハードウェアの優位性がますます高まる時代になると見ています。
その中で注目されるのが、「電力問題」。
生成AIは膨大な計算を必要とするため、電力消費量も大きい。
事実、生成AIの利用拡大を受けて、IEA(国際エネルギー機関)は2026年の電力消費量が今後2022年と比較して、最大で2.3倍になると試算しています。
この電力消費を補う解決策として視線を集めるのが、原発稼働です。
昨年もマイクロソフトが原発エンジニアを募集したことが話題となりましたが、20年後、生成AIの利用がより一般的になった時代には、電力需要はより深刻な課題になっているでしょう。
ご存じの通り、発電技術は、日本が強みを持つ産業のひとつです。
「生成AI×ハード」の拡充に加えて、再生エネルギーなどの電力製造技術も、今後世界における日本の存在感を高める基軸になるはずです。
そして50年後。人間と同様の能力を持つAGI(人工汎用知能)が新たな転換を迎え、あらゆる製品にチップのような小型生成AIが組み込まれているのが当たり前の時代になっているでしょう。
その頃には、現実と仮想現実が一体化したデジタルネイチャーの世界が、一層進んでいると断言します。
また、産業のサイクルが2回ほど循環した頃なので、生成AIのような画期的技術が誕生し、世の中に新たな変化をもたらしている可能性が極めて高いです。
50年後と言えば、1987年生まれの僕もまだ生きているかはギリギリのラインですが、ぜひそんな未来を見ることができたらいいなと思っています。
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