「被災から保険金を受け取るまでの時間をほぼゼロにしたい」。三井住友海上火災保険の北田康治・個人火災保険チーム課長は、地震などで住宅が被災した場合の保険事務の未来をこう描く。カギとなるのが国土交通省が普及準備を進める不動産IDだ。
不動産は登記簿で管理されているが、利用者が住所や地番を表記する際に「之」と書くか「―」と書くかで表記ゆれが発生するなど、個別の土地や建物を即座に把握できない場合があった。物件の仲介や再開発で名寄せが必要になるなど情報の集約に手間がかかり、不動産業界のデジタル化を阻む一因と言われてきた。
不動産情報を即座に特定するのに、国土交通省が整備を進めようとしているのが不動産IDだ。登記簿にある不動産番号(13桁)にマンションやアパートの部屋番号まで特定する特定番号(4桁)を組み合わせる。例えば、203号室なら特定番号は0203になる。国交省が22年にガイドラインを作り、23年から実証実験が始まった。最終的には日本全国の数千万の不動産にIDが振られる見通しだ。
三井住友海上は2月まで千葉県市原市、岐阜市と実証実験した。同社が被害調査結果を自治体に提供すると、自治体は不動産IDで世帯情報を抽出し罹災(りさい)証明書を迅速に発行する仕組み。従来は1〜2週間程度かかっていたが数日に短縮できる。将来は不動産IDにひも付いた建物情報を活用し、スマートフォンで修理見積もりや保険金請求をできるようにしたい考えだ。
不動産に共通データを振るのは政府の悲願だ。08年に国交省の研究会が提言を取りまとめたが不動産業界がプライバシー保護などを盾に反対した。今回は実現に向け、不動産業界だけでなく金融や物流など幅広い業種を巻き込む工夫をこらした。昨年5月に官民協議会を立ち上げ、直近で300を超す企業・団体が加盟する。
積水ハウスも不動産IDの活用を探る1社だ。賃貸物件の入居後に必要な電気、ガスなどの手続きをワンストップで提供しているが、自治体への届け出が必要な水道の申し込みや転出・転入届も同時に処理する仕組みを目指す。物件と不動産IDをひも付けた上で自治体と共有し、自治体の担当者による住所確認など煩雑な作業が不要になる。
不動産テックは2000年代以降、物件の検索サイトや宿泊施設のシェアリングが登場した。米国では人工知能(AI)を使った物件のマッチングなども登場した。世界の市場規模は300億ドル(22年、プレセデンス・リサーチ調べ)となった。ただ日本からは市場をけん引するようなサービスは生まれていない。
政府も試行錯誤している。「金融立国の次は不動産立国だ」。1月、国交省の不動産関連の担当課が集う「デジタル空間マネジメント研究会」がひそかに立ち上がった。不動産IDに個々の建築物の3次元データなどを組み合わせ、建物の設計段階から施工・維持管理に至るまでを一元管理するツールづくりを目指す。全国的に問題になっている空き家の管理や防災対策に活用できるとみる。不動産IDにとどまらず、民間が利用しやすいデータや仕組みをどう構築するかが問われている。
変わらなければならないのは官だけではない。富士キメラ総研の予測によると、26年度の国内IT投資金額は不動産が2605億円と製造業(約6.9兆円)や金融業(約4.1兆円)より少ない。労働生産性も日本の不動産業は低いと言われてきた。今後整備されるデータを生かすには民間自らもデジタル投資を増やす必要がある。
(関口慶太が担当しました)
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