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<教え子でもない成功した大人たちが、その研究室を訪れ、涙を流す......。元ゴールドマン・サックス副会長のハーバード教授が教える、人生戦略のロードマップ>

ビジネス書の世界にも、流行り廃りがある。「○○の科学」系の本が書店にあふれた時代もあれば、「スタンフォード式」「ハーバード流」などと大学名を冠した書名がトレンドになった時期もあった。

そんな中でも、内容が高く評価され、一時の流行りを超えて、読み継がれていく本がある。

今からちょうど10年前、2014年7月に発売された『ハーバードの自分を知る技術――悩めるエリートたちの人生戦略ロードマップ』(CCCメディアハウス)もそんな1冊だ。このたび13刷となり、定番のロングセラーである。

著者は、ロバート・スティーヴン・カプラン。ゴールドマン・サックスで副会長まで務め上げたのち、ハーバード・ビジネススクールの教授に転じた人物だ。

カプラン教授は、リンダ・グラットンやクレイトン・クリステンセン、マイケル・ポーターのようなビッグネームではないし、ビジネススクールの教授だが経営学の本ですらない。

ではなぜ、この本は長きにわたって、日本で支持され続けているのか。

世界のトップ大学の名が興味を引くのは、その前提に「エリートは自分たちとは違う」という認識があるからだろう。単に優秀なだけでなく、目標に向かって突き進む彼らから成功へのヒントを得たいと思うからこそ、その実像を垣間見たいという気になる。

では一体、彼らの実像はどんなものかと言えば、実は、彼らエリートもまた多くの悩みを抱えている。しかもそれは、「自分が何をやりたいか分からない」「何のために仕事をするのか分からない」といった、よくある(だが切実な)悩みだ。

そんな悩みが、この『ハーバードの自分を知る技術』ではいくつも吐露されている。世界のエリートと呼ばれる人々が、いかに自分の人生に迷い、悩み、進むべき道を見失って途方に暮れていることか。

そういった意味で、他の多くの「エリート本」とは一線を画す内容だ。そしてもちろん、単に「エリートの悩める姿」を垣間見られる本ではなく、読者を導いてくれる最良のガイドのような本であるらしい。

「人生の指針として読んで損はない本」「最近読んだ本の中では突出してよかった」「この本を読んで、一週間、自分について考えた」......アマゾンを見ると、就活生から社会人まで、多くの日本の読者から賛辞が寄せられている。

カウンセラーでもないのに、教え子でもない人がやって来る

ある大学院生は、複数の金融機関から正社員としての内定をもらったものの、どれもピンと来ないと悩んでいる。もしお金を気にしなくていいなら何をしたいかと聞かれて、彼は「どの仕事も受けない」と即答した。音楽が大好きだから、レコード会社か音楽業界の仕事を探す、と。

ある会社の営業部長は、順調にキャリアを築き、幸せな家庭に恵まれて、貯金も十分にある。にもかかわらず、深刻な悩みを抱えている。それは「自分に違和感を覚えている」ということ。達成感を得られず、満足感もない。そして、そのことを誰にも相談できずにいる――。

彼らがようやくその心の内をさらけ出したのは、ハーバード・ビジネススクールの研究室でのことだった。研究室の主であるカプラン教授は、じっくりと彼らの話に耳を傾け、どこに問題があるのか、どうやって解決していくのかを本人と一緒に探っていく。

だがカプラン教授はカウンセラーでもなければ、相談に来た人たちも教授の教え子というわけでもない。上の営業部長は、共通の友人から「相談に乗ってやってほしい」と頼まれたことが話を聞いたきっかけだという。

教授の専門は経営実務で、ゴールドマン・サックスに勤めていた22年間を通じて、さまざまな管理職を歴任した。当時から、会社の若手・中堅だけでなく同僚やクライアントなど数多くの人にコーチングを行ってきた。その後、ハーバード大学のMBAプログラムではリーダーシップ講座を担当している。

そんなカプラン教授の研究室には、学生だけでなく社会人までもが次々と訪れ、さながら「キャリア相談室」のように、キャリアや人生について相談していくらしい。

その経歴から、カプラン教授のもとを訪れるのはアメリカのエリート層、つまりは、世界のエリートたちだ。どんなときでも自信満々に見える彼らだが、教授の研究室では、時には涙を流しながら悩みを打ち明けるのだという。

他人の基準を鵜呑みにすると、心は満たされない

エリートに限らず多くの人が人生に行き詰まり、「自分は何をしたらいいか分からない」と悩む要因のひとつは、周囲のアドバイスに耳を傾けて、その期待に応えようとするからだと教授は指摘する。

周囲の目を気にしがちな日本人ならいざ知らず、アメリカ人の、しかもエリートでもそうなのか......と驚く人は多いだろう。だがカプラン教授によれば、エリートというのは特にそうした傾向が強い人々らしく、だからこそ、ある時点で唐突に壁にぶつかってしまう。

だが、「成功する」あるいは「夢を叶える」ためには、そもそも自分にとって何が「成功」であり、どうなることが「夢」なのかを定義しなくてはならない。他人が「成功」だと言うものを鵜呑みにすると、たとえそれを手に入れたとしても、心は全く満たされないまま人生が終わってしまう。

では、どうすればいいのか? 本書の原題は「What You're Really Meant to Do(あなたが生まれもった使命)」という。「使命」とは少々大げさに思えるかもしれないが、言い換えれば「自分を知る」ということだ。

その第一歩として本書では、自分の長所と短所を知るところから始める。つまり、「何ができて、何ができないか」だ。というのも、意外にも、自分の長所と短所を理解していない人は多いらしい。なぜなら、それを掘り下げて考えたことがないからだ。

ある大手メーカーの若手マネージャーは、上司に対して不満を抱き、公平な扱いを受けていないことにイライラして、教授の研究室にやって来た。彼もまた、自分の短所が分からなかった。というよりもむしろ、彼のスキルを評価するのは上司の仕事であり、会社の役目だと思っていたという。

「だって、会社は僕のことも僕の知識や能力も知ってますからね」と彼は言ったそうだが、自分のスキルを理解することを後回しにすると、ほぼ確実に将来に悪影響を及ぼす。また、何をどう改善すればいいか分からず、手探り状態のまま進んでいくしかなくなる。

大切なのは、自分の潜在能力を発揮できるかどうか

長所・短所を理解した上で、自分が本当にやりたいことや自分そのものを理解し、具体的にチャンスを生かす方法について考えていく。そして、さらなる飛躍を目指し、なりたい自分に近づくためのステップへと進んでいく。

このように本書は、一見すると自己啓発書のようだが、その実態は、自分自身を発見するためのガイドブックと言える。一冊を通じてフレームワークが構成されているだけでなく、各ステップには演習が用意され、カプラン教授の研究室を訪れるエリートたちと同じコーチングを受けられる。

だが、それは決して簡単な方法ではない、とカプラン教授は釘を刺す。そこには不屈の精神が必要だ。


大勢の人があなたに「こうすべきだ」、「これを手に入れるべきだ」と進言してきますが、彼らはあなたの人生を生きるわけではありません。しかも、そのような人は自分の人生に満足していない可能性が高いでしょう。(247ページ)

だからこそ、「違うやり方」を試すことをカプラン教授は勧める。成功するかどうかではなく、自分の潜在能力を発揮することに目を向けるのだ、と。それを実現する方法はたくさんある。その道筋のひとつが、本書から見えてくるかもしれない。


『ハーバードの自分を知る技術
 ――悩めるエリートたちの人生戦略ロードマップ』
 ロバート・スティーヴン・カプラン 著
 福井久美子 訳
 CCCメディアハウス

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