ディーゼルエンジンを実用化したことなどで知られるドイツのMANトラック&バスは、2025年にも水素燃焼エンジンを搭載する大型トラック「hTGX」を市場投入すると発表した。バッテリーEVでは困難な特定の用途を補うもので、当初は200台を製造する。
水素を内燃機関で燃焼する水素エンジンは、燃焼によりNOx等の排ガスが発生するほか、わずかながらCO2も排出するが、欧州の新しいCO2排出規制では「ゼロ・エミッション」に分類され、BEVを補完しFCEVに繋がる新しい選択肢となった。
数十年に渡り水素駆動の研究を続けているMANは、水素エンジントラックを先行投入することで、水素インフラの整備にも弾みをつけたい考えだ。
文/トラックマガジン「フルロード」編集部
写真/MAN Truck & Bus
水素エンジンの大型トラックを2025年にも納車
ドイツの大手商用車メーカー、MANトラック&バスと言えばフォルクスワーゲンの商用車部門・トレイトングループの一員で、世界で初めて実用的なディーゼルエンジンを製造した内燃機関のパイオニアでもある。
同社は欧州で初めて「水素燃焼エンジン」を搭載したトラックを市販する製造メーカーになりそうだ。
2024年4月8日、MANは早ければ2025年にも水素エンジンのトラックのシリーズ生産を開始し、当初は約200台前後という少数ながら、ドイツ、オランダ、ノルウェー、アイスランドと欧州以外の一部の国の顧客に納車を始めると発表した。
バッテリー電気自動車(BEV)や水素燃料電池自動車(FCEV)を補完する水素エンジン自動車は、内燃機関で水素を燃焼する車両で、特に大型トラックなどの一部用途ではゼロ・エミッションの選択肢の一つとして注目されている。
車名は正式決定したものではないようだが、プレスリリースの中では「MAN hTGX」と呼称しているので、同社の大型ディーゼルトラック「TGX」や、同BEVの「eTGX」と共通のシャシーに水素エンジンを搭載した大型トラックと思われる。
現状のBEVでは長距離輸送や重量物輸送など大量のエネルギーを必要とする輸送分野でディーゼル車を代替することができない。またFCEVは市販車が少なく、車両価格も高価だ。このため、建設資機材の運搬車やタンクトレーラ、原木運搬車などヘヴィ・デューティな用途では水素エンジンに需要がある。
またBEVは、(乗用車用はともかく)大型車用の充電インフラが欧州でも全く足りていない。一部の市場や産業では水素社会の到来を見越して水素インフラを先行して整備しており、BEVより燃料へのアクセス性が良くなる可能性がある。このためhTGXは代替駆動技術においてBEVを補完する商品に位置付けられている。
BEV・FCEVの開発も継続
BEV都市バスで市場リーダーとなったMANは、2024年中に大型BEVトラックを顧客に納車し、2025年以降はスケールアップすることを目指している。水素エンジントラックについてMANトラック&バスの執行役員でセールス&顧客ソリューションを担当するフリードリッヒ・バウマン氏は次のようにコメントしている。
「弊社は陸上貨物輸送の脱炭素を進めるため、引き続きBEVに注力します。BEVはエネルギー効率や、エネルギー価格を考慮した運行コストといった観点からは明確なアドバンテージを持っています。しかしながら、一部の架装・用途や市場によっては水素燃焼エンジンを搭載するトラックにも利点があります。
従って、弊社のお客様の大部分にとってはBEVトラックがベストとなるいっぽうで、特定の分野を水素エンジンで補完するとともに、将来的にはFCEVによってポートフォリオを更に強化することになるでしょう。
hTGXに搭載するのは『H45型』水素燃焼エンジンです。これは実績のある『D38型』ディーゼルエンジンをベースとするもので、弊社のエンジン・バッテリー工場があるニュルンベルクで製造します。
内燃機関は私たちにとってなじみのある技術であり、他社に先駆けてこの技術を市場に投入することで、水素インフラの整備にも弾みがつくと考えています。hTGXにより弊社のゼロ・エミッション商品はより魅力的なものになるでしょう」。
水素駆動は一部のアクスル構成や、ボディの架装物のためフレームにバッテリーを搭載する充分なスペースがないトラックに適している。hTGXの導入当初から600kmという最大航続距離を確保する。アクスル構成は3軸車、6×2と6×4だ。
H45型エンジンを搭載するMAN hTGX
H45型水素エンジンは出力が383kW(520hp)、トルクは2500Nm(@900-1300rpm)となる。水素を直接噴射することで応答性に優れ、燃料には700 bar圧力で保存する高圧水素ガスを使う。タンクに充填可能な水素の量は56kgだ(水素は比重が非常に小さいため、容積に比べて軽い)。
タンクの再充填にかかる時間は15分未満だ。燃焼によって排出ガスは発生するが、その内のCO2の量はトンキロ(1トンの重さを1km運んだ場合の輸送量)当たり1グラム未満となるため、EUの新規制の下では「ゼロ・エミッション車」の要件を満たしている。
同社で研究開発を担当する執行役員、フレデリック・ゾーム博士は次のように説明している。
「EUの新しいCO2排出規制は、水素燃焼エンジンを搭載するトラックをゼロ・エミッション車に分類しています。すなわちこうした車両によってもCO2の削減目標を達成できるのです。
今回の少量生産は、水素エンジンでBEVを補完するという新しい道を切り開きます。併せて、国や地域によっては税金や高速道路料金の減免などの利点もあるでしょう。
MANのニュルンベルク工場は世界で最も革新的なエンジン技術を有しており、水素を燃料として利用するための研究も数十年に渡り続けられてきました。この経験によりhTGXが可能になりました。ベース車両は高品質・省メンテナンス性で実績・信頼のあるTG系の車両です。
バッテリー技術と水素技術の先には水素燃料電池があり、引き続きその研究も進めますが、真の意味で市場に浸透し競争力を持つには、まだ時間がかかるでしょう。MANは(水素エンジンで)水素技術の蓄積と準備を進めます」。
MANと水素エンジンの開発史
MANには水素エンジン車の開発において数十年に及ぶ長い歴史がある。初めて水素駆動商用車を一般公開したのは1996年のハノーバー・フェアだった。「SL202」都市バスの天然ガスエンジンを水素で運行できるようにしたものだ。
ショーの後はエルランゲンで実用試験を行ない、延べ6万人の乗客を乗せて1万3000kmを走った。このバスは最終的にミュンヘンで通常運行のサービスに組み込まれた。
1998年にはミュンヘン空港の水素連接バス3台を製造し、2008年まで使用された。2006年から2009年にはさらに14第の水素バスを製造した。
こうした初期の商用車での経験をもとに、最近では公道用、オフロード用、船舶用の水素エンジンの開発と試験を進めている。トラック以外に水素エンジンが適した用途として、例えば雪上車などの特殊車両、非電化鉄道、鉱山用の掘削機やクレーンなどがあげられる。
また、工場等で電気のほかに排熱も利用する場合など、定置式の(発電用)エンジンとしても有望だ。
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