絶好の行楽日和となった2024年のゴールデンウイーク。長野県のプリンス&スカイラインミュウジアムで開催されたトークショーではこれまで語られることがなかったエピソードがお披露目された。いったいどういうことなのよ?

文/写真:Masato MIURA (Vitesse Japan)

■スカイラインの伝統を引き継ぐ

絶好の天気に多くのファンが集った

 行楽日和となったゴールデンウィーク二日目、長野県岡谷市鳥居平やまびこ公園の高台にあるプリンス&スカイラインミュウジアム周辺の駐車場にはGT-Rをはじめとする各世代のニッサン・スカイランが溢れていた。

 ミュウジアムの地階特設ステージにて、「受け継がれるスカイラインへの想い」をテーマに、渡邉衡三名誉館長と吉川正敏顧問によるトークショーが行われるからだ。近年はコロナ禍によって実現しなかったため、このトークイベントは5年ぶりの開催である。司会進行を担当するモータージャーナリストの片岡英明氏の口火によって午前10時半にスタートしたトークショーには、300名ものスカイラインファンやオーナーが詰めかけていた。

渡邉衡三名誉館長の語り口にファンも多い

 渡邉衡三名誉館長は、初代の櫻井慎一郎氏、二代目の伊藤修令氏に続く三代目。日産自動車でR33およびR34スカイラインの開発主管を務め、その後ニッサンモータースポーツインターナショナル(NISMO)の取締役に就任した人物だ。

 吉川正敏顧問は、車両設計部で櫻井慎一郎氏の薫陶を受け、その後渡邉氏の部下としてR33 GT-Rの専任主担、その後車両実験部の主担/主管として歴代スカイラインの開発を担当し、日産自動車を定年退職後の現在は、自動車関係専門の調査会社マークラインズの執行役員として活躍している。

■現行スカイライン400Rに通じる技術

吉川正敏顧問は櫻井イズムを継承している

  今回のトークショーでは吉川氏がスライドを使い、前半は氏が担当したスカイライン、特にR30の開発を振り返る内容であった。師事した「スカイラインの父」として知られる櫻井慎一郎氏については、「理論派であると同時に、現物主義。血の通ったクルマを作りたいという強い想いがあり、設計段階では論理的思考で物事を分析し意思決定し図面化するのですが、試作車ができると、現物の実験結果から課題をひとつずつ解決していくところが、櫻井さんのエンジニア魂でした。

 エンジニアとしては本当に尊敬していましたが、日常的なパワハラの連続で、特に気に入らない人間は性格そのものを否定するほど。今思うと、よく私は潰されなかったなぁと思います」、と語っている。 R30に導入した2.0L直列4気筒DOHCのFJ20型エンジンを軸に、1980年代前半に起こったハイパワー車ブームでは日産の武器となったターボ過給機を搭載し、その後量産車として世界初となったインタークーラー付きターボをラインアップに加えるなど、R30は改良を重ねていった。

特別に公開された映像に前のめりになるファンの姿

 なかでも吉川氏は、車両設計部でインタークーラー搭載車のレイアウト設計を担当しており、現代のV37型スカイライン400Rに通ずるレイアウト、タービン直後にインタークーラーを置き、インテークマニホールドまでの距離を短くすることを提案したが、温度が低い場所に設置することが優先されてバンパー左端に決まったことが紹介された。

 また、R30型は軽量化とハイパワー化で刺激的な加速感が得られる一方、ステアリングシステムの軽量化や車体剛性の不足などにより操舵応答性には満足しておらず、自身の中でのちのモデルではこうありたいというイメージが徐々に出来上がりつつあったことを独白している。

■BNR32がニュルブルクリンクを走った

BNR32でのテストは苦難の連続でもあった

 この日のトークショーのハイライトは、R32 GT-Rによるニュルブルクリンク・ノルドシュライフェ(北コース)一周動画(8分30秒)であった。1989年7月に同年の東京モーターショー用として撮影されながら、その後パブリックに対して公開されることなく保管されていたものだという。

 映像はオンボードカメラ中心かと思いきや、カメラカーによるひっぱり撮影、並走からヘリコプターによる空撮までバリエーション豊かな映像素材で構成されていた。また、コーナーのアウト側グリーンに立つカメラマンの手持ちらしき映像まであり、とても一周で撮影しきれるものではない。

 この動画のインパクトに驚いていると、吉川氏は「実はこの映像は、広報部や宣伝部の発意ではなく、シャシー設計部のサスペンション先行開発担当であった私が901活動(80年代後期に日産が唱えた”1990年までに技術世界一を目指す”という運動)の成果をアピールするために提案し、実現したものでした。実際にはZと一緒に走る映像がモーターショーでは使われたので、R32だけで走っているフルトラックバージョンは今日が35年ぶりの本邦初公開なのです。

館内の展示車も魅力的だ

 ちょうど実験主担だった渡邉さんがR32 GT-Rの最後の仕上げのためにニュルで3週間+アルファほどのテスト計画を組んでいました。そこに10名もの撮影隊を引き連れて私が現れたので、渡邉さんにとってはえらい迷惑な話だったと思います。かなり邪険にされたことを覚えています」と語ると、渡邉氏は「映像を見ていて、また腹が立ってきましたよ。挨拶も手土産すらなくやってきて邪魔をするわけですから。

 ご覧いただいてわかる通り、まったくやりたい放題ですよ。その都度テストを中断することになる。ついにはヘリコプターがクルマに追いつけないのでもう一度走れとかね。実験車は一台しかなく、何かがあってクルマを壊されてしまったらタスクが達成できないので、こちらとしてもピリピリしていました。もう、この男とは二度と口を聞きたくないと思いました」、と返している。

 しかし皮肉なもので、その後R33 GT-Rプロジェクトが始まると、開発責任者となった渡邉氏の元に専任主担として着任したのが吉川氏だった。その時、渡邉氏は「なんで私の部下が、よりによって吉川なんだ」、と思ったという。

プリンスとスカイラインファンにはたまらないぞ!!!

 それでも吉川氏は、「そんな二人が再会して、最初はとてもぎこちない関係から始まりましたが、目標達成に向けて実務がスタートすると、次第に想いが揃うようになり、R32 GT-R Vスペック、そしてR33 GT-Rの開発へと進んでいきました」、と結んでいる。

 くだんの未公開映像は、今後ミュウジアムでは見ることができるようになりそうだ。今回運良くこのトークショーと初公開のお宝映像放映に立ち会うこととなったファンは、一様に満足げな表情であった。 ミュウジアムが立つやまびこ公園は、諏訪湖を見下ろす高台にあり、霧ヶ峰から蓼科山、そして八ヶ岳と続く稜線(スカイライン)が美しい。

 文字通りスカイラインの里にふさわしい場所であった。公園にはアスレチック施設や子供用遊具などもあり、自然と触れ合い、四季を楽しむのもよいだろう。ミュウジアム館内には、初代プリンス・スカイラインからハコスカ、ケンメリ、ニューマン、R32〜R34 GT-Rなど各世代のスカイラインが所狭しと並んでいる。そのうち数台はレース仕様である。

 単一車種のみの自動車博物館は珍しく、コロナ期間を経て5年ぶりに開催されたトークショーに300名ものエンスージアストが集まるのも稀有だと思う。今後もトークイベントは企画されるようなので、共感される方はミュウジアム公式WEBのイベント案内をチェックしていただくのが良いだろう。 

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