10月11日、トヨタ ガズー レーシングはF1チーム「マネーグラム ハース F1チーム」との業務提携を発表した。表向きには人材育成や車両開発を通じた市販車のレベルアップが狙いと思われるが、果たしてそれだけだろうか? この疑問を解くべく、重要人物の発言などを振り返り、真相に迫ってみた!
文:山本シンヤ/写真:トヨタ自動車、ベストカーWeb編集部
■想いが繋がることで動くトヨタ
MoneyGram Haas F1 Team(Haas)とTOYOTA GAZOO Racing(TGR)の業務提携。すでに様々なメディアで話題になっているが、会見での丁寧な説明から「トヨタF1復帰か⁉」という間違った報道はされていないようである。
この提携に至るキッカケは、今年のカナダGP前(6月)。Haasの小松礼雄代表は豊田章男氏と会って「初対面とは思えないというか、想いが本当に一緒でした。すごく情熱のある方で、『これからどうしてきたいか?』、『日本の若い人たち、モータースポーツ界にどうやって夢を与えてあげたいか?』、そんな想いがすごくにじみ出ていました。どれもすごく共鳴するものがあったので、これでもうゴーサインですよね」と語っている。
まさに今回の提携は「会社と会社」ではなく、ズバリ「人と人」で繋がっている。
実はこのような流れは過去にもあった。2017年にトヨタがWRCに復帰する際に、TM(トミ・マキネン)レーシングと組んだ時は、「マキネンさんに成瀬さん(マスタードライバーの成瀬弘氏)を見た」と直感したことがキッカケだったし、2022年のタイのCPグループとの協業の時も「CPのタニン上級会長は、私の答えから『嘘をつかない』、『逃げない』、『ごまかさない』ことを短時間で理解してくれました」と語っている。
つまり今のトヨタは提携による利益・損得ではなく、「何をしたいのか?」、「考えに共感できるのか?」と言った“想いが繋がること”が大事だと考えているのだろう。
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■豊田章男ではなくモリゾウとしての判断
今回の業務提携の大きな柱は「People」、「Pipeline」、「Product」の3つと発表されているが、筆者がもっとも重要度が高いと感じるのが「People」だ。
その1つが「ドライバー」。具体的にはHaasとともに、GRの育成ドライバーがテスト走行に参加し、世界の頂点を目指すドライバーを育てていく「ドライバー育成プログラム」の新設である。
要するにフォーミュラの裾野から頂点までの“一気通貫”である。実はこれ、ラリーやツーリングカーの世界では道筋ができていたが、フォーミュラでも……だ。
ここに特に強い想いを持つのが、豊田氏、いやモリゾウだ。氏は筆者に以前からこのように語っていた。
「私が2009年にトヨタF1撤退を決めた張本人です。とはいえ、モータースポーツはもっといいクルマづくりに不可欠なので、ニュル24時間、WEC、WRCなど様々なカテゴリーを通じてモータースポーツに関わってきました」
「ただ、ドライバーたちは私にはいいませんが、世界一速いクルマ……つまりF1に乗ってみたいという想いを持っています。トヨタF1撤退の決断は今でも間違っていなかったと思いますが、ドライバーにそのチャンスを作ってあげる必要があるな……と。それはトヨタの会長としてではなく、ドライバー・モリゾウの役割じゃないかと」
普段から豊田氏はドライバーファーストを公言するが、今回の提携はまさに“ドライバー目線”での判断だったのだろう。
もう一つが「エンジニア/メカニック」だ。高橋智也GRカンパニープレジデントは、「私たちの『モノづくりの力』を活かして、F1の空力開発に参画、極限の使用環境下を想定したシミュレーション、カーボン部品の設計・製造を行ないます。さらにHaasが強みを持つ『データの活用術(これはPipelineの話にも繋がるが)』を学びます。つまり、世界最高陣のレースの現場で共に戦うことで、初めて培うことのできる技術や知見を高めていく」と語ったが、筆者はその内容を理解しつつも、今一つピンと来ない部分があったのも事実である。
要するに「それって、他のカテゴリーでもやっていませんか?」である。以前、佐藤恒治社長にF1に関して聞くとこう語った。
「最近のF1の動きはウォッチしています。電動化ユニットやeフューエル開発はカーボンニュートラリティの観点でも非常に重要ですし、さらに成長していくでしょう。ただ、トヨタはそれらを様々なカテゴリーで取り組んでいます。もちろん、F1に行かなければできないことが見つかれば話は別ですが……」
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■WECチームに足りないものとは?
筆者は、10月11日の会見が終わってから「F1に行かなければできないことって何だろう?」とずっと考えていたのだが、ある推論に辿り着いた。それは「WECチームをモリゾウ軸に改革するため」じゃないか……と。
WECチームは旧トヨタF1チームが由来であり、F1をやめた豊田氏とのわだかまりや遺恨が今も少なからずあると思っている。豊田氏は以前筆者にこのように答えている。
「WECのチームは今も昔もプロフェッショナルですが、モリゾウが大事に、そして目指すチームの理想は、あくまで『家庭的でプロフェッショナル』という部分です。WECチームはそこが足りなかった。言葉を濁さずにいえば、トヨタの会長/社長は存在するけど、モリゾウは存在しないチーム。ただ、可夢偉代表を筆頭に一貴、そして加地(雅哉=TGRモータースポーツスポーツ担当部長/技術室室長)など、若いメンバーがドライバーファーストかつ家庭的でプロフェッショナルなチームにするために一生懸命動いていること、現場が頑張っていることは知っている。でもね……」
筆者はその「でもね……」を探しに、WECやドイツ・ケルンにあるTGR-Eに何度か伺ったが、そこで感じたことは? 非常に抽象的で申し訳ないが「すべてを“内輪”で完結」、「我々がトヨタの最先端技術を担っているという“おごり”」、「君たちとは違うという“特権階級意識”」である。上手くいえないが、どこか温かみがないチームに感じてしまった。
こんなことをいうと関係者から「お前に何が解る!!」とお怒りの声が出るかもしれない。最初は自分だけが偏った見方をしているかと不安になったが、筆者よりも近い所でトヨタをウォッチしているフォトグラファーの三橋仁明氏に打ち明けてみると、「ファインダーを通して見ても、たしかに、モリゾウ軸とは違う、何か『違和感』のようなものは感じますね……」「ただ、ドライバー、エンジニア、メカニックの一人ひとりは、それぞれの役割りを一生懸命やっていると思います」と。
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■「自己鍛錬」ではなく「新しい風」が必要
豊田氏に以前「トヨタにとって脅威なのは、『従業員がトヨタは大丈夫だ』と思うこと」だと聞いたことがある。
トヨタの強みは危機感の共有だ。その本質は「危機感は人から与えられるモノではなく、自分が持つことが重要であり理想」と言うことだが、WECチームはそこが欠けているような気がする。
その危機感の一つは「なぜ、モリゾウ軸になれない?」だと思うが、残念ながら人から与えられた課題である。それを自分事にできないことが問題だ。
確かにWECチームは2012年から参戦を行ない、“独自”でマシン開発を行なってきた。ハイブリッド技術の構築のために、トヨタの最先端の技術がここで鍛えられてきたのも事実である。
その努力は、トヨタ念願のル・マン制覇、シリーズチャンピオンを何度も獲得することで証明されている。今年は苦しい戦いだが最強チームの1つであることは間違いないだろう。
ただ、最強であるがゆえに「自己鍛錬」だけでは限界がある。それはチーム運営も含めてだ。それを変えるには「新しい風」が必要だ。
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■大きなトヨタから小さなトヨタへ
これまでトヨタへの「新しい風」が様々な改革をしてきた実例がある。
2007年に生まれた「小さなトヨタ」……“元祖”GRの活動が「大きなトヨタ」を変えたことはいうまでもない。WRC復帰も、トヨタ自前ではなくTMレーシングとコラボレーションだったし、さらにニュル24時間から繋がるS耐のカーボンニュートラルの挑戦も、ROOKIE Racing(豊田章男氏のプライベートチーム)とのコラボレーションだった。
これらはトヨタとは異なる「小さい組織」「プロフェッショナル/即断即決ができる組織」と同じ目的・考えを共感しながら挑戦を行なっており、様々なひらめきやイノベーションが生まれているのも、紛れもない事実である。
ただ、WECチームは他の参戦カテゴリーと異なりコラボレーションを行なう相手が限られる。そう、F1しかないのだ。
そういう意味では、筆者は今回のHaasとTGR提携がもっとも活きる部分は、実はWECチームじゃないかなと思っている。
高橋プレジデントに聞くと、「今回の提携内容のメインはドライバーですが、メカニック/エンジニアに関しては、すべてではありませんがそのような考え方もあるでしょうね。そもそもWECチームに関しては会長から多くの“宿題”も貰っていますし」と答えてくれた。
筆者は今回の提携は、WECチームがモリゾウ軸になるための大きなチャンスだと考えている。TGRのすべてのモータースポーツ活動が「ワンチーム」で「モータースポーツを起点としたもっといいクルマづくり」に色濃く貢献できる体制なれることが理想だが、筆者は今回の提携はそのリスタートだと思っている。今後も多角度から追っていきたい。
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