ナカニシ自動車産業リサーチ・中西孝樹氏による本誌『ベストカー』の月イチ連載「自動車業界一流分析」。クルマにまつわる経済事象をわかりやすく解説すると好評だ。第35回となる今回は、変貌するトヨタの販売戦略について。BEV販売台数目標の下方修正から、まだ見ぬ「シナリオ」を読み解く。
※本稿は2024年9月のものです
文:中西孝樹(ナカニシ自動車産業リサーチ)/写真:トヨタ ほか
初出:『ベストカー』2024年10月26日号
■BEV販売台数の目標を下方修正したトヨタ
トヨタは、サプライヤーに向けた長期生産計画のなかで、2026年の目線であった電気自動車(BEV)の販売台数を150万台から100万台へ引き下げました。
33%もの下方修正は、現在のBEV販売の世界的な不振を如実に示すニュースとして取り上げられたのですが、大切なポイントが抜け落ちていると感じます。
筆者はプラグインハイブリッド車(PHEV)の販売台数は2026年頃に40万台レベルに拡大すると予想しています。これを合わせた電動車(BEV+PHEV)で見れば、販売目線の150万台から大きく変化しているわけではありません。
要するに、変わったのはユーザーの求める電動車の特性であり、それに応えるトヨタの電動車プラットフォーム戦略なのです。
BEVは確かに成長が減速しています。世界の自動車メーカーがこれまでの強気な投資計画を次々と下方修正してきました。新技術と新製品に飛びつく消費者の需要が一巡したことが失速の主因ですが、次に控える巨大な消費者層に響くBEVの価値はまだ充分に確立できていません。
中国においても、新エネルギー車(BEV、PHEV、燃料電池車)の販売は非常に好調ですが、実際に伸長しているのは「電欠」不安を取り除いたPHEVなのです。
このなかで欧米自動車メーカーの不振が際立っています。特に、BEV専用化の投資に大きく舵を切った独フォルクスワーゲン(VW)と米ゼネラルモーターズ(GM)の2社の苦戦が目立っています。
この結果、VWは不文律であったドイツ国内工場の閉鎖に踏み込み、労働者との関係に波紋が広がっています。GMは韓国の現代自動車との電撃提携に打って出ました。
一方、専用化の反対側にいるのがマルチパスウェイ(全方位)プラットフォームです。エンジン、ハイブリッド(HEV)、PHEV、BEVなどの複数のパワーユニットに対応するプラットフォームを指し、基本的に現在のガソリン車のプラットフォームを全方位に改良していく手法です。
量がまとまらないのであれば、専用化は逆に効率とコストが悪化します。既存の部品や工場を活用しながら幅広いニーズに応えたほうが、結果として効率は上がるという考え方です。
マルチパスウェイプラットフォームを強化する動きはトヨタだけのことではありません。独BMWはもともとマルチパスウェイです。
独メルセデスベンツが「エレクトリックファースト」と銘打ったメルセデスモジュラーアーキテクチャ(MMA)はBEVとエンジンに対応するマルチパスウェイです。ステランティスの「EVネイティブプラットフォーム」はBEV、PHEV、ICEすべてのパワーユニットに対応します。
■2024年に変わったトヨタの電動化戦略
2023年のトヨタの「テクニカルワークショップ」では、2026年のBEV販売台数150万台の目線が示されました。豊田章男社長(当時)が2021年末に掲げた2030年350万台の実現に向けた戦略です。
2026年まではbZ4Xをベースに置くBEV専用プラットフォーム「e-TNGA」と、クラウンをベースに置く「GA-K」プラットフォームを改良したマルチパスウェイプラットフォームを中心に進められます。
2026年からは新設したBEVファクトリーが開発する次世代のBEV専用プラットフォームを導入し、レクサスLF-ZCを皮切りに多数のBEVを展開して、2030年350万台の実現に向かうという図式です。
この基本的なフレームワークが変わったわけではありません。変化点は2つあり、BEV専用プラットフォームよりもマルチパスウェイプラットフォームをより活用し、BEVだけではなくPHEVも増やすということです。これは需要の多様化に応えるためです。
ここで思い出してほしいことが、佐藤恒治社長が2023年4月の方針発表で示した200kmの電気航続距離を有するPHEV(トヨタは「プラクティカルなBEV」と呼ぶ)と、今年5月の「マルチパスウェイワークショップ」で発表された小型高効率エンジンです。
新エンジンは電動車と組み合わせる電気リッチ化を前提に開発した次世代のトヨタの内燃機関で、2027年頃からの欧米の次期排ガス規制に準拠します。
筆者は次世代のカローラクラスのGA-Cプラットフォームもマルチパスウェイ化され、小型高効率エンジンを搭載してPHEVの主力に育てるシナリオが濃厚だと考えています。
2030年頃には200kmの電気走行ができるPHEVが100万台規模に拡大し、トヨタの新しい武器へと成長するであろうと考えます。
BEVファクトリーはレクサスブランドを中心にBEVをけん引していきます。トヨタブランドはマルチパスウェイプラットフォームを中心にBEV、PHEVを推進するでしょう。
その結果、2030年には170万台のBEVファクトリーの専用プラットフォームが土台にあり、残る180万台はマルチパスウェイのBEV、そして100万台規模のPHEVが存在する未来図が見え始めているのです。
2026年のBEV目線引き下げは、PHEVの引き上げと同義に近く、この未来図に向けたファーストステップと考えます。
2024年5月の決算説明会において、佐藤社長はBEV販売目線には「PHEVを含めて検討を進める」との新見解を示しています。
BEV専用プラットフォームからマルチパスウェイプラットフォームを一段と重視する方向修正へのシグナルだと筆者は受け止めています。
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