クルマと道路は切っても切り離せないもの。交通ジャーナリストの清水草一が、毎回、道路についてわかりやすく解説する当コーナー。今回は、「高速道路空白地帯を往く」と題して、高速道路の恩恵に与れない地域について考察する。まず一回目は、練馬区における高速道路との関係や歴史についてひも解く。

文/清水草一、写真/フォッケウルフ、国土交通省、資料/国土交通省

■東京23区なのに不便な高速道路空白地帯は?

 首都圏のドライバーにとって、高速道路は生命線だ。一般道はクルマだらけ、信号だらけで、平均速度が非常に低い。東京都区部の一般道の平均速度はわずか17km/h。首都圏(東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県)全体でも24km/hにとどまり、全国平均の35km/hに大きく劣っている(2015年国交省調べ)。

 一方、高速道路は渋滞していても、平均してその2倍くらいの速度で流れる。たとえば首都高の平均速度は42km/h(2022年警視庁調べ)。下道よりははるかに速い。高速ICまでの距離が遠い高速道路空白地帯は、鉄道駅のない町のように、クルマでの移動が不便になる。

そこかしこで慢性的な渋滞が発生している東京都。区部におけるクルマの平均速度は、全国平均を大きく下回っている(出典:国土交通省)

 東京23区最大の高速道路空白地帯は、首都高4号線・5号線・C2(中央環状新宿線)、プラス北西の一部を外環道に囲まれた練馬区・中野区・杉並区に広がる一帯だ。その範囲は南北約12km、東西約10kmにおよんでいる。なかでも西武池袋線・西武新宿線沿線は、その中心部(=最も不便な地域)にある。

 私の実家は中野区北西部。まさにその地域にあった。最もアクセスのいいICは首都高の幡ヶ谷および初台で、そこまで渋滞の新青梅街道や環七を走り、1時間近くかかることもあった。関越道の練馬ICおよび外環道の大泉ICは、それよりは近かったが、北の方角に向かう場合を除けば遠回りすぎて、かえって時間がかかってしまう。

 私は高速道路空白地帯育ちのトラウマが強かったため、実家を離れてからは、首都高のICに近い場所に住むことにこだわった。ただ私の実感としては、中野区はまだマシ。もっと厳しいのは練馬区の西武池袋線沿線だ。

 なにしろ練馬区は、一般道の整備が23区内で最も遅れていた。江戸期からの街道筋から外れていた上、都市計画が実現しないまま宅地化が進むスプロール現象が激しく、高速道路どころか幹線道路が極端にまばらで、「練馬区内のクルマの移動は泥田を泳ぐようなもの」と言われていた。

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■60年越しに叶った環八全線開通

 しかし、練馬区在住のS氏は反論する。

 「練馬区の道路事情はずいぶん良くなりましたよ。まず環八(環状八号線)井荻トンネルの開通があったでしょ。その後環八が全線開通して、状況はぜんぜん変りました」

 かつて環八は、井荻駅前(杉並区)に西武新宿線の踏切があり、地獄の渋滞ポイントとなっていた。私の実家はそのすぐ近所だったが、環八井荻踏切を渡ったことはほとんどない。地元のドライバーにとっては、通ろうとしてはならない場所だったのである。

 ところがディープ練馬のドライバーは、そこを通過しないと南下できなかった。練馬区は、井荻踏切という関所で閉じられた閉鎖空間だったと言ってもいい。

 その井荻踏切をアンダーパスする井荻トンネルが開通したのは、1997年のこと。これによって渋滞は大幅に緩和された。その経済効果は年間200億円と推測されている(東京都調べ)。ひとつの踏切としては想像を絶する規模だ。

 2006年には、前述の環八全線開通が達成された。1946年に都市計画決定されてから60年もかかったが、練馬区の南北方向の移動は劇的に改善され、現在に至っている。

練馬区民の生活を一変させた井荻トンネル。1km以上の長いトンネルで、交通量の多い複数の一般道との交差部を地下化している

 しかし、まだ不満はくすぶっている。

 練馬区のドライバーは、「なぜ関越道は首都高とつながっていないのか」ということに、大いに不満を持っている。首都高の基本構想には目白通りに沿った「練馬線」という計画があるが、凍結されたままだ。

 首都高練馬線は、関越道からC2(中央環状新宿線)に接続する計画だったが、C2の建設時、練馬線とのジャンクション予定地付近の住民が換気塔の設置に激しく反対した経緯があり、結局ジャンクションの接続を前提としないトンネル設計になった。その時点で、練馬線の計画は消滅したと言ってもいい。

■かすりもしていない首都高と工事が停止した外環道

 「練馬区には首都高がないんです。首都高に乗ろうと思ったら、高井戸や幡ヶ谷(4号線)、板橋本町(5号線)まで行かなきゃダメなんですよね。大泉ICから外環道経由で5号線なんてやってられませんよ」(前出S氏)

 たしかに練馬区には首都高が通っていない。東京23区で首都高が通っていないのは、荒川区と練馬区だけだ。特に練馬区はかすりもしていない。

 外環道経由首都高5号線ルートは、途中美女木JCTを通らねばならない。美女木JCTは平面交差のため信号があり、外環道外回り→首都高5号線方面は特に渋滞が激しい。迂回して余計に料金を取られた上、かえって時間がかかったら、確かに「やってられない」。

 「だから外環道の完成に期待してたんだけど、あの事故で工事が止まっちゃったでしょう。もう絶望しかないですよ」(S氏)

 練馬区のドライバーは、外環道の大泉-東名JCT間が完成すれば、中央道や東名に接続しやすくなると期待していた。ところが2020年のシールドトンネル陥没事故(調布市)で本線トンネルの掘削が停止し、工事再開の目途が立っていない。

「外環道」こと東京外かく環状道路。関越道~東名高速区間は、大深度地下トンネルとして着工されたが、現在は工事を中断している(出典:国土交通省)

 「それにしても最近、外環道の渋滞が激しくなったのはどうしてなんですかね? 以前はこんなに混んでなかったのに」(練馬区在住B氏)

 大泉から三郷までの外環道埼玉区間は、2018年に外環道千葉区間が全線開通して以来、流入交通量が増えて渋滞が激化している。千葉県民には吉報だったが、練馬区民はかえって不便になったかもしれない。

 首都高空白地帯・練馬区の道路事情は、かつてに比べると大いく改善されているが、これ以上改善されるかというと、見通しはやや暗い。

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