国内の自動車などのメーカー5社による不正の発覚。国土交通省は、2024年6月5日より順次立ち入り検査を行い、6月28日に立ち入り検査結果を公表、マツダとヤマハ、ホンダに対して指導を行ったという。

 今回不正行為があったと報告された型式指定申請は、自動車メーカーが製造工場で完成検査を行うことで、持ち込み検査をすることなく販売できるようにするもの。その認証試験での不正は、自動車メーカーとして絶対にあってはならないことだが、トヨタの豊田章男会長は記者からの「不正はいつなくせるのか」という問いに対し、「自動車メーカーとして、絶対にやってはいけないことだ」と語りつつ、「(それでも)不正の撲滅は無理だと思う」とも発言している。

 なぜ認証不正は起こるのか。自動車メーカーで開発エンジニアをしていた筆者が考えてみた。

文:吉川賢一/写真:TOYOTA、SUZUKI、HONDA、Adobe Stock

「型式指定」制度の根幹が揺らぐ事案

 ダイハツによる不正が明らかになったことを踏まえ、型式指定を取得している自動車メーカー等85社に対して、国土交通省が調査・報告をするよう指示したことで発覚した今回の事案。5月末時点で調査完了の報告があった68社のうち、不正行為があったとしたのは4社(マツダ、ヤマハ、ホンダ、スズキ)、調査継続中は17社で、6月28日の国土交通省の発表では、調査継続中だった17社のうち、15社は不正行為がなかったと報告があったことも明らかになった。トヨタは、なお調査継続中の残り2社に含まれていたが、7月5日、調査が完了し、過去10年において、前回発表した7車種6事案以外に新たな事案は確認されなかったことを国交省に報告したとのことだ。

 国土交通省による立ち入り検査では、マツダとヤマハ、ホンダにおいては再発防止策を実施中であることや、スズキは再発防止策の実施が完了していることが確認できたそう。またこの4社において新たな不正行為は確認されなかったという。国土交通省は今後、マツダとヤマハ、ホンダに対して、各社が策定した再発防止策を確実に実施し、その実施状況を当分の間半年ごとに報告するように指導したという。

 ダイハツの不正発覚の際、調査した第三者委員会は、新型車の開発スケジュールが時代の流れによってどんどん短縮されていく一方、現場はその変化に対応していくことができず、その齟齬が不正に繋がってしまった、としていた。「全てが上手くいく前提のスケジュール」「工程進捗の死守が要求される風土」「前工程のしわ寄せは全て最終工程に引き継がれる」「試験は一発勝負、不合格は許されない雰囲気」など、おそらく製造業に携わる人の多くが、「うちも同じだ…」と感じたことだろう。

 ただ、冒頭でふれたように、型式指定は、国による検査を自動車メーカー自らが行うことで手続きをスムーズにしたもの。自動車メーカーを信頼してのことであり、その認証試験での不正は、「型式指定」制度の根幹を揺るがす、たとえどんな理由があろうともあってはならないことだ。

2024年6月3日に行われたトヨタの記者会見。取締役会長の豊田章男氏、カスタマーファースト推進部本部長の宮本眞志氏が登場し、質疑応答が行われた
トヨタが不正行為を行っていた一事例。エアバッグをタイマー着火した開発試験データを、認証申請に使用したという(トヨタの「事案詳細説明」より)

より厳しい条件でOKだからOKか!??

 今回不正があったとされているトヨタの試験項目は、前面衝突時の乗員保護試験や、オフセット衝突時の乗員保護試験、歩行者頭部及び脚部保護試験、後面衝突試験、積み荷移動防止試験、そしてエンジン出力試験だ。衝突試験における衝撃角は国土交通省が定めた試験条件とは異なるが、より厳しい条件にあたるとトヨタ内では判断し、そのデータをもって認証申請を行っていたという。ただ、エンジン出力を確認する認証試験では、狙いの出力が得られるようコンピューターで制御を調整し、再度試験したデータを使用していたことも明らかとなっているなど、「不正」というべき内容も含まれている。

 ホンダも、2009年以降に実施した騒音試験やエンジン出力試験において、試験条件の逸脱や、試験成績書に実測値と異なるデータを記載するなどの不適切な事案があったと報告している。クルマの性能に関する法定基準を満たすことは確認したと説明するが、三部敏宏社長は「大変重く受け止めている」と謝罪した。

 データ改ざんなどの明らかな不正(=悪事)は問題外として、トヨタの「より厳しい条件での試験をクリアしていたからOKにしていた」という事案に関しては、多くの人が「より厳しい条件でやってOKならOKなんじゃないか」と思うだろう。筆者も、エンジニア出身としてそのほうが合理性があるようにも思えるし、先輩のエンジニアから、「こう処理しとけばよいから」とある意味マニュアル化されていると、思考停止でその手法を取り入れてしまうかもしれない。

一旦、出荷・販売を停止することになった車種のひとつがヤリスクロス
国土交通省は、マツダ、ヤマハ発動機、本田技研工業及びスズキの4社に対し、6月5日より順次立入検査を実施(PHOTO:Adobe Stock_JHVEPhoto)

不正は不正、メーカーには正確に行う義務があるが、難しい作業であることは確か

 豊田章夫会長の「不正はなくならない」という発言の真意は、おそらく自動車メーカーの立場として、現状の制度では国交省が求める内容を100%そっくりそのまま行うことは難しい(なんらかの理解の違いが起きる可能性が否定できない)、ということなのだろう。理解の違いがなくても、ダイハツの事案でもわかるとおり、試験で問題が発覚した際、そこで開発の手を止めることで莫大な損害が発生してしまうことも考えると、同様の不正が行われるリスクは残り続けると考えられる。

 特に衝突実験は、重要な試験でありながら、量産車のプロトタイプが出てくる開発の後半でなければ行うことができない試験だ。ここでエラーが発覚した際に、立ち止まってじっくり考えて対策を打つような現場を実現できるかというと、自動車開発の現場にいた一人としては、それが許される状況ではないといわざるを得ない。

 ただもちろんだからといって、不正は仕方がなかったとは思わない。メディアやジャーナリストの中には、国土交通省の試験目標が時代に即していない(海外の試験との共通化が遅れている)、合理的な考え方にアップデートされていないなど、国の目標設定の甘さを指摘する声は少なくないが、それも確かにそうかもしれないが、筆者は、国が決めた目標値には、何らかの背景があるはずであり(ないかもしれないが)、その背景を上書きできる新たな背景の検証が行われない限り、たとえ性能的に上回るものであっても、独自の判断で「よし」とすることはやはり浅はかだったように思う。国土交通省によると、海外の自動車メーカーのほとんどが、今回の国土交通省による調査・報告の指示に対して「不正はなかった」と回答している。

 どんな職場でも、合理性を追求することは確かに必要なこと。ただそれは、いつも誰にとっても正義であるとは限らない。難しい作業ではあるのだが、国の認証試験を任された以上、自動車メーカーには正確に行う義務があった。不正による新車の出荷停止は、楽しみにしていたユーザーを悲しませること。やはり自動車メーカーとしての罪は重いと筆者は思う。

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