バッテリーEV(BEV)はあまり環境に優しくないかもしれない。少なくとも長距離輸送用の大型トラックにおいては……。

 BEVは原材料のサプライチェーンで大量の排出があるほか、トラックはバッテリーによる重量増で減トンされるため、同じ輸送力を確保するのに台数を増やす必要があるからだ。乗用車とインフラを共通化できないこともコスト増の要因だ。

 米国の研究機関がまとめたレポートによると、CO2削減にかかるコストは「ディーゼル車+再生可能ディーゼル(RD)」の5.8倍に上り、大型車の脱炭素においてBEVはコスパ最悪の選択肢となっている。

文/トラックマガジン「フルロード」編集部
写真/Daimler Truck・Tesla・DHL・ATRI

なぜBEVトラックのライフサイクル排出は多くなるのか?

バッテリーEVトラックのテスラ「セミ」は航続距離500マイルを謳うが、量産化は遅れており、ペプシコなどへの限定的な納車にとどまっている

 米国の輸送研究機関、アメリカン・トランスポーテーション・リサーチ・インスティチュート(ATRI)が、バッテリーEV(BEV)の大型トラックと内燃機関(ICE)で「再生可能ディーゼル」(RD)を使用した場合(=ICE-RD)のCO2排出削減にかかるコストを比較したレポートを公開している。

 結論から言うと、長距離輸送用の大型トラックでは同じ量のCO2排出量を削減するのにBEVはICE-RDの5.8倍のコストがかかるというものだ。

 これはトラックからの排出だけでなく、燃料や部品の製造、さらにその原材料の生産(例えば電池に使われるリチウムの採掘など)まで含む全体的なライフサイクル排出での比較だ。

 BEVのライフサイクル排出が多くなってしまうのは、バッテリーの製造段階で大量のCO2を排出するからだ。このため搭載するバッテリーが少ないほどCO2排出も少なくなるが、その分、航続距離が短くなる。広大な国土を持つ米国では、ICE長距離トラックの航続距離が568マイル(約914km)に達し、現在のバッテリー技術では実現困難だという。

 また、トラックの積載量は総重量から車両重量を引いたものになるため、重いバッテリーを搭載すると積載量が減る(いわゆる「減トン」)。BEVでICEと同じ輸送力を確保するにはトラックの数を1.34倍に増やす必要があるというのがATRIの試算で、これも大幅なコスト・排出増につながる。

 特に重要なのはBEVトラックのエネルギー消費だけでICE-RDのライフサイクル排出を超えている点だ。これは車両をどれだけ改善してもBEVではRD並みの排出削減は不可能であることを表している。

 BEVのエネルギー(つまり、電気)からの排出削減は電力セクターの取組にかかっており、輸送セクターが単独で再生可能電力を確保するとなると、コストは大幅に増える。発電・送電など電力部門の脱炭素を進めない限り、車両を電動化しても現実的にはCO2削減につながらないのだ。

 さらに、大量のエネルギーを消費する大型車では、乗用車や小型商用車とは別のインフラが必要となり、そのために莫大な投資が求められる。ATRIは少なくとも大型トラックからのCO2削減において、コスト効率を考慮するとBEVは非効率であると結論づけている。

 いっぽう、PM(粒子状物質)やNOx(窒素酸化物)などの大気汚染物質を排出しないためBEVはクリーンであるという主張は電動化に際して良く使われるレトリックだ。

 ただし、リチウムの採掘など鉱山開発が環境汚染を引き起こしていることは広く知られており、原材料まで含む今回のモデルでは、製造時のNOx排出はディーゼル車の10倍、PM排出は7.5倍となった。バッテリーの原材料は途上国などに偏在するため、サプライチェーンにおける大量排出はいわば「排出源の輸出」であるとレポートは指摘する。

 加えて大型ディーゼル車のPM排出は、すでにエンジン排出よりタイヤやブレーキなどの摩擦による「非エンジン排出」のほうが多くなっている。バッテリーによる重量増加でBEVのPM排出は運行時にも約25%増える可能性がある。

 「ゼロ・エミッション」のBEV大型トラックは、実はディーゼル車と比べてもかなり排出の多いクルマなのだ。電動化を義務付けるような規制は、排出を削減するという本来の目的に逆行する可能性があり、「手段の柔軟性」を認める現実的な規制が重要になる。

「減トン」と中古市場もコストに影響

ダイムラーグループに属し、長距離トラックで北米最大手となるフレイトライナーの「eカスケイディア」BEV(コカ・コーラ・ボトリング用の車両)。航続距離は230マイル未満とのことで、短距離なら電動化は優れた選択肢。問題は250マイル(400km)以上の長距離輸送だ

 トラックは「運んでなんぼ」の世界なので、バッテリー重量による減トンの影響は極めて大きい。ATRIのレポートは、減トンの影響を回避できる実用的なBEVトラックの航続距離は現状では250マイル(約400km)までと推定した。

 米国の統計データによると1日の走行距離が250マイル以内の大型車は23%に過ぎず、大部分の運送会社はBEVの導入に際して運行プロセス自体を見直す必要がある(これは米国のデータで、日本の場合、走行距離はもう少し短い)。

 バッテリー重量を相殺するために、欧米ではBEVの総重量を緩和する「エクストラ・ウェイト」が導入されている。米国の場合、総重量8万ポンド(約36トン)のクラス8トラックに対して2000ポンド(約900kg)だ。欧州(最大4トン)に比べると控えめだ(日本には導入されていない)。

 とはいえ、北米市場で市販されている大型トラックで比較すると、BEV版は航続距離が短いにも関わらずディーゼル版より約4000ポンド重く、仮に500マイルの航続距離を実現するには13800ポンド重くなる計算だ。エクストラ・ウェイトを考慮してもトラック1台が運べる荷物の量は5トン以上減ってしまう。

 重量増を7000ポンドに抑えたとしても、米国の長距離貨物の34.3%が総重量オーバーとなってしまうため、輸送力確保のためにトラックの数自体を増やさなければならない。世界的にドライバー不足が課題となるなか増車は容易ではなく、一台当たりのCO2排出を削減しても台数が増えるなら無意味だ。

 また、バッテリーは繰り返し充電により劣化するため、低年式車で航続距離が短くなり、中古トラック市場が形成されにくい点も商用車には厳しい。

 こうした実用上の問題点は、従来のディーゼルエンジンでそのまま使用できるドロップイン燃料であるRDには一切影響せず、両者の「コスパ」に大きな差が付く要因となった。

BEVとICE-RDの経済性の比較

フォーミュラ1(F1)の欧州ラウンドで機材輸送を担うDHLは再生可能ディーゼル(RD)の一種であるHVO(水素化植物油)を使用している

 生産活動に使う「生産財」であるトラックにとってコストは何よりも重要で、基本的に「消費財」である乗用車とは根本的に異なる。中でもトラックを運行する上で最も重要なのが、車両コストと燃料コストとされる。

 RDを活用することの最大の利点は、既存のディーゼル車でそのまま利用できるドロップインという特性にある。車両やインフラに関して追加のコスト負担が発生しないため、CO2削減に向けたコスト効率が非常に高いのだ。

 小規模な事業者にとってこれは特に重要で、米国でも日本でも運送業界の大部分を占める中小事業者は、BEV化によるコスト増を受け入れるほど体力がない。できる限り負担の少ない方法を模索しないと、脱炭素に向けた運送業界の取組はいずれ頭打ちになるだろう。

 米国エネルギー庁(DOE)の調査によると、米国の2022年の大型トラックの新車価格は、ICEトラックが16万ドル(2024年6月時点の為替レートで2490万円)、BEVトラックはおよそ3倍の45万7000ドル(同7110万円)だった。

 同年の米国内のディーゼル大型トラックの販売台数は245,164台で、トラック業界の新車購入費は約407億ドルだ。全車をBEVとした場合、追加で755億ドルの費用負担が生じる計算だ。メンテナンスコストはICEより低くなるが、車両コストを賄いきれず、総保有コストは13~26%高くなるという。

 もう一つ重要なのが燃料コストだが、将来のエネルギー価格を予測することは極めて困難で、電気とRDのどちらが有利か断言することはできない。

 参考までに米国の軽油価格は、45%が原油価格、25%が精製コスト、残りが税と輸送費とされる(米国は産油国であり、日本とは異なる点はもちろん留意する必要がある)。

 電力価格は地域の公益事業委員会がそれぞれのルールに基づいて決定しており、地域によって大きな価格差があるが、近年はインフレやデータセンターでの電力需要などで電気料金が高騰している。

 いっぽう、RDの価格は原材料となるコモディティ価格に依存する。ただ、カリフォルニア州のように軽油価格をベンチマークに小売価格を調整しているケースもあり、また、食品と競合するバイオ燃料(第1世代RD)を「再生可能」と認めない地域もあるので、政策の影響が大きい。

 廃棄物等から作る第2世代RDは、原材料の供給量が大きく変動しないという特徴がある。価格が安定するいっぽう、需要が増えても供給を増やせないため、原材料となるバイオマスの多様性が重要となる。もちろん、藻類やシアノバクテリアから作る次世代バイオ燃料(第3世代RD)の研究・開発も進める必要がある。

最終的な長距離輸送の「脱炭素コスト」は?

15年で新車販売の全てをBEVとするには、毎年6.67%ポイントずつ販売比率を引き上げて行く必要がある。そのためのコストは膨大で、中小の運送会社に負担できるだろうか?

 ATRIは長距離輸送の脱炭素にかかるコストを算出するため、15年というタイムラインにおいて各シナリオを検証した。一つはBEVを推進するシナリオ、もう一つはRDの利用を拡大するシナリオだ。

 まず、米国のトラックを全て電気で走らせるには、国内の発電量を40.3%増やす必要がある。充電ステーションや送電網も整備しなければならない。BEV化により必要台数が増えるため駐車場の整備も必要だ。中・大型車のために1兆ドルのインフラ投資が必要となる。

 コストの内訳としては充電ステーションの整備が58%で最大、送電網の整備、発電力の強化などがこれに続く。

 大型トラックではBEVとICEの差額が約30万ドルで、米国内の年間の販売台数は25万台前後だ。15年で新車販売を全てBEVにするには毎年6.67%ずつBEVの比率を引き上げて行く必要があるが、大型トラックの車両寿命は一般に10年程度。このシナリオではICEの耐用年数が残るため、15年目には登録車両全体の61.5%がBEVとなる。

 15年目に登録車の全てをBEVトラックとするには、5年目以降の新車販売を全てBEVとする必要がある。2023年のBEV大型トラックの販売台数が441台だったことを考えると、このシナリオはコストの上でもタイムラインの上でも非現実的だ。

 15年目に登録台数の61.5%がBEVされるというシナリオでは、米国内の大型トラックによるCO2排出量は、ベースライン(全てがディーゼル車の場合)と比べて22.6%の削減に留まる。これはハイブリッド化や省燃費技術の向上でも実現可能な数値で、あまりにもコスパが悪すぎる。

 同等のCO2削減効果をICE-RDで得るには、年間のRD消費量が80億ガロンとなればよい。2023年のRD消費量が28.7億ガロンなので、消費量が毎年15.8%ずつ増えると仮定すると7年目に80億ガロンに到達する。すなわち、RDはBEVによるCO2削減を、より少ないコストで8年前倒しで実現する。

(ちなみに「毎年15.8%の増加」は控えめな数値で、2023年の米国のRD消費量は前年比で66.9%増えている)。

 BEVシナリオの場合、15年間のインフラと車両コストの合計は1兆1903億ドル(約185兆円)となった。

 ドロップイン燃料のRDの場合、従来のディーゼルエンジンと給油所などのインフラがそのまま使えるため、こうしたコストはかからない。ただし、RDの供給を増やすため設備投資が必要となる。ATRIは建設予定のRD製造施設の費用から、供給を1ガロン増やすのに必要なコストを3.70ドルと試算した。

 そして開発コストや価格調整のための負担額と合わせて、ICE-RDシナリオの15年間のコスト総額は2037.2億ドル(約32兆円)とした。BEVシナリオの約6分の1だ。レポートはこれらをまとめて次のように結論づけている。

・(環境への影響)原材料まで含めたライフサイクルで比較すると、BEVトラックはICE-RDトラックより多くのCO2を排出する
・(運行への影響)航続距離と積載量から、BEVトラックの仕事量はICEトラックと同じではなく、1台当たりの収益性が低下する。同じ仕事により多くのトラックが必要となり、BEV化による排出削減を相殺する
・(経済への影響)BEVトラックは車両コストとインフラコストが極めて高く、ICE-RDと比較して同じ効果を得るのに5.8倍の費用負担が生じる

RDにも課題がある

BEVとICE-RDのコスト比較。コスト面では既存の車両やインフラがそのまま使えるメリットは絶大だ。燃料価格を調整するための助成金や増産のための設備投資を含めてもICE-RDのトータルコストはBEVの約6分の1となる

 長距離輸送の脱炭素においてはBEVより圧倒的にコストパフォーマンスに優れているRDだが、もちろん課題もある。

 現状では需要を満たすだけの原材料は確保できているが、このまま消費量の拡大が続くと、供給力が足りなくなる。様々なバイオマスを資源に変えるための研究・開発も重要だ。

 RD市場に公的資金(補助金・税控除など)が与える影響については研究が充分ではない。少なくとも公的に奨励する方向性は明確だが、市場が成熟する前に公的補助がなくなれば、市場が縮小に転じる恐れがある。原材料がほとんど同じ「SAF(持続可能な航空燃料)」との競合も、RDの供給においてはリスクとなる。

 レポートはRDの安定供給のために、原材料を分散するための研究開発を続けること、RD市場を継続的に支援すること、特定の業界を決め打ちした政策を避けることなどを挙げている。

 ほかに、BEV化の受益者がほぼ都市部に限定されるのに対し、RDの消費拡大は地方の活性化につながることや、地政学的な影響を受けやすく不安定な原油市場に対するエクスポージャーを減らす効果もあるとした。

 コスパが良くドロップイン可能なバイオ燃料としてRD=再生可能ディーゼルを活用する動きは、今は米国内のトレンドにとどまっているが、今後、日本や世界に波及し、トラックの脱炭素のあり方自体を変革する可能性を秘めている。

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